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細菌戦の系譜!!



731部隊関連行事
(戦争と医の倫理)パネル展とシンポジウム
武見太郎と金原節三の関係
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判
日本反戦平和記憶国際シンポジウム
4月18日(木)ビザ発給拒否国賠裁判(最大の山場)
ABC企画総会・講演、「講演と合唱の夕べ」
ソビエト連邦、中華人民共和国とハバロフスク裁判の忘却1949-1956
情報公開裁判、意見交換会、細菌戦センター総会・講演
731部隊関連年表
人体実験疑い 京大調査継続せず(731部隊)
日本の核開発(加藤哲郎さん)

明仁・日本政府・日本医学会は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!
又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!!
●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、1000隻近くの漁船が被爆した!!

ビキニ「死の灰」世界各地へ
市民と行政が創る「飯田市平和祈念館(資料室)」設立から学ぶ

日本の核開発



日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!!

平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相
●憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】

・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前)
・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない)
統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に
水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!!

2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影

オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!!

●ニュース
「最悪の人生やった」 戦後最大規模の食品公害、カネミ油症被害者のいま

子ども4人の30代夫婦、毎月の赤字以上に危機をもたらす「3つの支出」

スロバキアに女性大統領 「反汚職」ポピュリズムに一矢

3/30/19 金子勝


元号反対!!
首相、天皇陛下に面会 新元号決定の日程について報告か

「緊張感持って滞りなく」 菅官房長官、4月1日の新元号発表で

人体実験疑い 京大調査継続せず

イージス・アショア 田岡俊次 青木理




森友問題、佐川前長官ら「不起訴不当」…検察審

ロシア疑惑報告書は300ページ超、米報道 野党は開示要求

失踪技能実習生700人余 不正な扱いの疑い 後半国会で議論に

大韓航空労組、厚労省前課長に謝罪と賠償を要求

戦後の「闇」優生保護法 障害者らに繰り返された強制不妊手術

なぜ、日本は脱原発と叫ばないのか??
20181104 小出裕章と樋口健二のコラボ講演会


2005/12/25 【原発問題】推進派vs反対派 小出裕章氏


竹田恒和JOC会長、IOC委員を辞任


天皇神話はいらない!!
両陛下が神武天皇の陵を参拝 奈良・橿原



竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか
海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見

【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任


森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」

「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ

松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示

“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)


真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活


731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後、甲第1855部隊考、他


国立公文書館で公開された留守名簿を巡る問題


中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30




京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)

731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に

●横浜「戦争の加害展」感想
2月11日
・毎年パネル展をやっているのですか?韓国や中国でいかに日本軍がひどいことをやってきたのか怒りをおぼえる。貴重な資料を見て考えさせられました。大和市では毎年「戦争を語り継ぐつどい」をおこなっています。いろいろ企画は毎年変える必要がありますね。(男性、70代)




「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
傷害事件のてん末

銃についている菊の紋章にきずが付いていたからである。ペーチカにぶっつけたものらしい。この部隊の実態は、陸軍省と関東軍の一部首脳しか知らず、他の部隊に対しても固く秘密が護られていたとはいえ、「731」部隊は、やはり天皇の軍隊には相違ないのであった。彼らは、部隊長のお情けということで、元の班に帰され、私達の募集係だった仲野雇員が新しい班長となった。
小宮は、他の支所に廻されるのだそうである。
「だけど、もう俺たちはいけん。注意人物だけんなぁ。俺、何だか、あの連中にすまないと思うがな。・・・・幸い幸いいうても、みんな、やっぱ偉くなりたかと思っとるけん。俺もう、何の望みも失のうてしもうた。一生、ねずみの相手で終る覚悟決めているんや」
「しょうがないなぁ、俺だって同じことだよ。あまりくよくよしない方がいいぜ。気晴らしに散歩でもしようよ、飛行場の方へ行ってみないかい?」
私は実際、林田を慰める方法を知らなかった。慰めがあるとすれば、それは阿呆のように何もかも忘れること、考えないこと、これ以外にないのである。
2人は、飛行場の方に歩いて向って歩いた。
が、しばらく行くと、林田は急に立ち止まった。
「よそうよ。俺、向うに行って外を見ると、脱走したくなるのだ。やりたいと思うと理性ではどうしょうもない。どうでもやらんば気がすまないのが俺の性分なのだ」




・陸軍軍医少佐 平澤正欣の学位授与授与の内容
(731資料センター会報28号より:西山勝夫「731部隊問題、克服への道」より)
1945年6月6日に京都大学医学部教授会で審査後纏められた平澤正欣論文要旨(国立公文書館学位授与記録より翻刻、京都大学公文書館の内容と同一)は以下の通り




京都大学は何を学位授与に値すると認定したか。【先人の見解と異なり「イヌノミ」もまた人類に対する「ペスト」媒介蚤なる新事実を発見せり】、人と獣(イヌ)、両方同じ媒体、「イヌノミ」により「ペスト」に感染すること、「ペスト」の人獣感染を新事実として評価しました。ネズミ、モルモットやサルで実験をやっていて、どうして人に感染したと言えるのでしょうか。
審査員の戸田元医学部長、木村医学部長は731部隊に教え子を送った人達です。彼らは、自らも陸軍軍医学校の嘱託研究員などを務め、戦後に戸田は金沢大学の学長、木村は名古屋市立大学学長になったことで知られています。
これらの論文を2014年から15年に検討し、15年3月の戦医研例会で紹介し、問題を、以下の4点にまとめました。
・実験対象がヒトであるにもかかわらず、「さる」と偽った
・当該対象者を治療することを目的とした実験ではなかった
・当該対象者の発症後も治療せずに死亡に至るまで経過を観察した
・死亡後の学位授与認可
・・・・・
人体実験疑い 京大調査継続せず




日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第5章 陸軍習志野学校

隠蔽と反宣伝

日本の軍隊が化学兵器を実戦に使用したのを紹介する前に、日本政府、軍隊が化学兵器をどのように見ていたか、世界の反化学兵器の世論と国際間にすでにある化学兵器禁止の公約と協定に対しどのように向かい合ったかを説明したい。
前章ですでに述べたが、化学兵器を使用する問題に関しては国際間に早くから禁止協定があり、第1次世界大戦終結後、1925年にジュネーブで化学兵器の使用禁止を含む議定書を再び調印した。日本側はこれらの状況を非常にはっきりと理解していた。とくに上述の議定書調印間もないジュネーブ軍縮準備会議の席上、各国が化学毒剤の持つ意味について重要な討議を行った。


(広島県大久野島毒ガス工場)




●登戸研究所資料館(明治大学平和教育登戸研究所資料館ガイドブックより)
第三展示室
第三展示室では、生物兵器・毒物・スパイ機材など研究開発を行った第二科の活動を紹介しています。第二科は、日本陸軍が水面下で行っていた秘密戦を兵器・資材の開発という点で支えました。とりわけ、諜報・謀略活動に関係して、登戸研究所の中でも731部隊や中野学校・特務機関・憲兵隊などと最も関係が深かった部署といえます。



第二科の役割
謀略とは、敵国内の集団または個人を対象にその国民生活を破壊・攪乱する目的をもつもので、その手段として爆発物や毒物・生物兵器などの研究開発が行われました。
宣伝とは、敵国民の戦意喪失や混乱を狙って行われる情報操作のことで、そのために伝単(でんたん)(宣伝ビラ)や宣伝車などが作られました。
このように第二科の研究は、情報を収集するとともに敵国を撹乱し、戦争の遂行を有利にするための兵器・資材の生み出すという、秘密戦研究の中核を担うものでした。



『秘密戦関係』
憲兵学校のテキスト。秘密インキの解説や外国の諜報活動の様子などが記されている。







●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①

15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪

西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表

4、ドイツではどのように向き合ったのか

■二ュルンぺルクにおける訴追
―ところで、医学の戦争への加担ということでは、世界で、とりわけドイツではどのように向き合ったのでしょうか。

ナチス・ドイツ政権下における医学者・医師の非人道人体実験には、超高度(標高20000mに相当する低気圧)、低体温、マラリア、毒ガス、サルファ剤等の薬品、骨・筋肉・神経の再生および骨移植、海水飲用、流行性黄だん(肝炎)、断種、発疹チフスなど、毒物、焼夷弾治療、障害者の「安楽死」、仮病対策、電気ショック、子宮癌の早期診断法、双子の利用、肝臓移植、血液確定、敗血病などに関する実験がありました。これらがドイツでは裁かれました。



昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)



●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判

1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊


731部隊と自衛隊の関係
増田美保
S6 東薬専
S11.8.1~〇 731部隊
パイロット 薬剤少佐
第2部航空班として「パイロットとして、高高度で細菌が凍結するかどうかの実験を行った」
1941 常徳細菌戦
栄典授与???
昭和53年秋の生存者叙勲が11月3日(文化の日?)発表され、衛生関係者では2名の元職員が栄誉を受けた。
増田美保氏(勲三等旭日中綬章)は、昭和26年二等警察正として警察予備隊に入隊し、爾来第1幕僚監部課、防衛庁技術研究本部、陸上自衛隊衛生補給処長を経て、37年3月勇退。その後、防衛大学校教授に就任された。その間、終始後輩の育成並びに防衛衛生協会の発展に努力され、その功績を称えられて今回叙勲の栄に浴された。

※増田の戦後の動きも、731部隊の情報の隠蔽とまた自衛隊内に戦前と同じように生物剤の研究を継続する方向に進ませることに関与していたのではないかと思う。

第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)





イタイイタイ病を究明した男 萩野昇

驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く

水俣病問題

小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去

小泉親彦と宮川米次の絆

ヒロシマからフクシマへ

宮川正

「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—

ビキニ「死の灰」世界各地へ

自衛隊とサリン

相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場

日本の国家機密

兒嶋俊郎さんを偲ぶ



●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!


●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部   陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年


第8章 昭和維新と統制



また、侍従長に、(昭和天皇が)「主権が君主にあるか国家にあるかといふことを論ずるならばまだ事が判ってゐるけれども、ただ機関説がよいとか悪いとかいふ議論をすることは頗る無茶な話である。君主主権説は、自分からいへば寧ろそれよりも国家主権の方がよいと思ふが、 一体日本のやうな君国同一の国ならばどうでもよいぢやあないか。君主主権はやゝもすれば専制に陥り易い。で、今に、もし万一、大学者でも出て、君主主権で同時に君主機関の両立する説が立てられたならば、君主主権のために専制になり易いのを牽制できるから、頗る妙ぢやあないか。美濃部のことをかれこれ言ふけれども、美濃部は決して不忠な者ではないと自分は思ふ。今日、美濃部ほどの人が一体何人日本にをるか。あゝいふ学者を葬ることは頗る惜しいもんだ」と話していた。明治憲法下における議会による統治システムを定着しようとした何十年もの努力が、この「論争」で危機に瀕していたのだが、昭和天皇はその意味に気づいていなかった。他方、本庄はその日記で、天皇が、「労働条約其他債権問題の如き国際関係の事柄は、機関説を以て説を便利とするが如し」と語ったとしている。





小泉親彦と昭和天皇

近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~

近代天皇制の真髄は

福沢諭吉

神武と戦争




憲法9条を生かそう!!








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03/30のツイートまとめ

buooo71

https://t.co/n3vn7SSLj3 https://t.co/MJrkx4PMZa
03-30 09:00

アメブロを更新しました。 『細菌戦部隊(731部隊と100部隊)パネル展を開催しませんか?』 #細菌戦 #731部隊https://t.co/EdbvuryCLl
03-30 08:57

アメブロを更新しました。 『細菌戦の系譜!!』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/WY2KJH9rnw
03-30 08:53

細菌戦の系譜!! https://t.co/GexbDc6mdh @buooo71さんから
03-30 08:35

日中戦時に中国と日本で起こったことを書きたい!! 細菌兵器を実戦に使用した!!
03-30 08:34

細菌戦の系譜!!



731部隊関連行事
(戦争と医の倫理)パネル展とシンポジウム
武見太郎と金原節三の関係
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判
日本反戦平和記憶国際シンポジウム
4月18日(木)ビザ発給拒否国賠裁判(最大の山場)
ABC企画総会・講演、「講演と合唱の夕べ」
ソビエト連邦、中華人民共和国とハバロフスク裁判の忘却1949-1956
情報公開裁判、意見交換会、細菌戦センター総会・講演
731部隊関連年表
人体実験疑い 京大調査継続せず(731部隊)
日本の核開発(加藤哲郎さん)

明仁・日本政府・日本医学会は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!
又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!!
●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、1000隻近くの漁船が被爆した!!

ビキニ「死の灰」世界各地へ
市民と行政が創る「飯田市平和祈念館(資料室)」設立から学ぶ

日本の核開発



日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!!

平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相
●憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】

・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前)
・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない)
統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に
水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!!

2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影

オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!!

●ニュース
元号反対!!
首相、天皇陛下に面会 新元号決定の日程について報告か

「緊張感持って滞りなく」 菅官房長官、4月1日の新元号発表で

人体実験疑い 京大調査継続せず

イージス・アショア 田岡俊次 青木理




森友問題、佐川前長官ら「不起訴不当」…検察審

ロシア疑惑報告書は300ページ超、米報道 野党は開示要求

失踪技能実習生700人余 不正な扱いの疑い 後半国会で議論に


おスプレーもいらない!!
オスプレイ整備長期化 部品調達に時間かかったと報告

石破氏「なかったことにするつもりない」森友・加計問題

辺野古新区域で土砂投入へ 対立さらに深まる情勢


大韓航空労組、厚労省前課長に謝罪と賠償を要求

戦後の「闇」優生保護法 障害者らに繰り返された強制不妊手術

なぜ、日本は脱原発と叫ばないのか??
20181104 小出裕章と樋口健二のコラボ講演会


2005/12/25 【原発問題】推進派vs反対派 小出裕章氏


竹田恒和JOC会長、IOC委員を辞任


天皇神話はいらない!!
両陛下が神武天皇の陵を参拝 奈良・橿原



竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか
海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見

【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任


森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」

「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ

松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示

“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)


真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活


731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後、甲第1855部隊考、他


国立公文書館で公開された留守名簿を巡る問題


中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30




京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)

731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に

●横浜「戦争の加害展」感想
2月11日
・「戦争の加害」については知らない、知ろうとしない傾向を近年強く感じます。このような企画展やまマスメディアが取り上げ、次の世代に伝えるべきだと感じます。(男性、50代)



「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
傷害事件のてん末

彼は小宮の靴音がしてからも数秒間戸惑っていたという。だが、
「みんな狸寝入りしてやがるな」
と小宮が、あざけるように言ったので、林田は「何を!」という気になり、その言葉に反発するかのよう紐を引っ張った。木銃が音を立てて床に倒れた。
「なんだ!」
小宮が何事かも分からぬまま怒鳴った。
暗さに任せて、それっとばかり数人の者が木銃を持って起き上がった。
「やっつけろ!」
と1人が叫び、小宮を目がけて木銃が振り下ろされた。
「貴様ら、手向かう気か、なめァがって!」
「やかましい、俺たちは兵隊ではないんだぞ!」
めくら打ちに振り下ろされ突き出される木銃に打たれて逆上した小宮は、宿舎の隅に納めてある小銃をとって、滅茶苦茶に振り廻した。夜警が駆けつけたのは、歯を砕かれた小宮が顔中血だらけになって、外へ逃げ出してからであった。
乱闘がおさまると、林田たちは急にこわくなったそうである。ところが、その場で取調べを受けることになったとき、小宮の振り廻した38式歩兵銃が問題になった。



・陸軍軍医少佐 平澤正欣の学位授与授与の内容
(731資料センター会報28号より:西山勝夫「731部隊問題、克服への道」より)
1945年6月6日に京都大学医学部教授会で審査後纏められた平澤正欣論文要旨(国立公文書館学位授与記録より翻刻、京都大学公文書館の内容と同一)は以下の通り




京都大学は何を学位授与に値すると認定したか。【先人の見解と異なり「イヌノミ」もまた人類に対する「ペスト」媒介蚤なる新事実を発見せり】、人と獣(イヌ)、両方同じ媒体、「イヌノミ」により「ペスト」に感染すること、「ペスト」の人獣感染を新事実として評価しました。ネズミ、モルモットやサルで実験をやっていて、どうして人に感染したと言えるのでしょうか。
審査員の戸田元医学部長、木村医学部長は731部隊に教え子を送った人達です。彼らは、自らも陸軍軍医学校の嘱託研究員などを務め、戦後に戸田は金沢大学の学長、木村は名古屋市立大学学長になったことで知られています。
これらの論文を2014年から15年に検討し、15年3月の戦医研例会で紹介し、問題を、以下の4点にまとめました。
・実験対象がヒトであるにもかかわらず、「さる」と偽った
・当該対象者を治療することを目的とした実験ではなかった
・当該対象者の発症後も治療せずに死亡に至るまで経過を観察した
・死亡後の学位授与認可
・・・・・
人体実験疑い 京大調査継続せず




日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第5章 陸軍習志野学校

毒ガス鎮圧、危うく発生

これら引用した資料から見て、当時の形勢は矢は正に放たれようという状況で、化学兵器使用の計画も確定し、ただ命令を待つばかりだった。この状況下で化学兵器の使用は、すでにいわゆる「防御」ではなくて完全に「攻撃」のため、しかも攻撃の対象はずっと警戒してきた仮想の敵ではなく、自己の同伴者だったのだ。この件自体には風刺的な意味がある。
「叛乱」の軍隊は各地から移動して来た軍隊の圧力で動揺し始め、銃撃戦が発生する前に、包囲された兵士は三々五々逃げ出して帰順した。主要な将校は自殺し、ある者は投降した。「叛乱軍」は武器を全部差し出して帰順し、事件は迅速に解決された。結局、習志野学校の隊伍は出る幕がなかったけれど、この学校の凶悪な顔をさらけ出したのである。


(広島県大久野島毒ガス工場)




●登戸研究所資料館(明治大学平和教育登戸研究所資料館ガイドブックより)
第三展示室
第三展示室では、生物兵器・毒物・スパイ機材など研究開発を行った第二科の活動を紹介しています。第二科は、日本陸軍が水面下で行っていた秘密戦を兵器・資材の開発という点で支えました。とりわけ、諜報・謀略活動に関係して、登戸研究所の中でも731部隊や中野学校・特務機関・憲兵隊などと最も関係が深かった部署といえます。



第二科の役割
諜報とは、敵国の情報を収集するために、日本のスパイが潜入して工作をすることです。そのため、防諜や諜報を行う手段として、第二科では様々なスパイ機材の研究開発が進められました。暗号文書のやり取りををするための特殊インキの開発やその発見方法の研究もそのうちの1つでした。1932(昭和7)年、上海の憲兵隊が検挙した外国のスパイが所持していたワイシャツの生地から秘密インキで書かれた暗号文が検出された例もありました。敵国のスパイ活動を直ちに取り締まるため、特に憲兵は、スパイ活動を直ちに取り締まるため、特に憲兵は、スパイ機材に精通していることが求められており、秘密任務に関する教育・訓練が重視されていました。



『秘密戦関係』
憲兵学校のテキスト。秘密インキの解説や外国の諜報活動の様子などが記されている。







●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①

15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪

西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表


2、戦争医学犯罪に医学界・大学医学部はどうかかわったのか

3、戦後、日本の戦争医学犯罪は裁かれなかったのか
■発足当時の学術会議における戦争医学犯罪の検証

―731部隊に属していた医師・医学者自身の特徴的な証言はあるのでしょうか。

敗戦直後から医学界・医療界の民主化に奔走した秋元寿恵夫医師は「これまで、40年近くになる長い間、第731部隊が犯した戦争犯罪については、問われれば答えるが、 あえて自分から何もいうまいという態度を取り続けてきた」としながら、1982年に自著『医の倫理を問う第731部隊の経験から』において、「血清学者として石井部隊に勤務した者が、今なお深い罪の意識を背負いながら、戦争と癒着した医学研究の恐ろしさを告発し、医の倫理とは何かを問う」ています。
湯浅謙医師による、中国太原の陸軍病院で行った生体解剖の証言は、極悪非道な医師の行為が731部隊だけではなかったことを明らかにしました。


昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)



●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判

1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊


731部隊と自衛隊の関係
増田美保
S6 東薬専
S11.8.1~〇 731部隊
パイロット 薬剤少佐
第2部航空班として「パイロットとして、高高度で細菌が凍結するかどうかの実験を行った」
1941 常徳細菌戦
1945.2.9 トンプソンの尋問
雑誌委員理事 1954.5
防衛大学校教授
増田技研部員 1957.1
保安衛生学会理事 1954.2
技研の増田1佐渡米 1957年1月4日から2か月の予定
米国の核技術研究所を視察
陸幕辞令 L操縦士及びH操縦士の技術証明書交付する
陸上幕僚監部(技術研究所)1佐




第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)





イタイイタイ病を究明した男 萩野昇

驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く

水俣病問題

小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去

小泉親彦と宮川米次の絆

ヒロシマからフクシマへ

宮川正

「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—

ビキニ「死の灰」世界各地へ

自衛隊とサリン

相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場

日本の国家機密

兒嶋俊郎さんを偲ぶ



●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!


●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部   陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年


第8章 昭和維新と統制



本庄侍従武官長が岡田内閣に対する攻撃の拡大や、国会の憲法論争について、天皇に報告した際、当時34歳の昭和天皇は、この熱狂に、そのなかでは天皇個人に言及されることはなかったが、介入し、結着をつけさせようとはしなかった。非公式に、天皇は本庄に、「朕も亦(また)、君主主権説に於て専制の弊に陥らず、外国よりも首肯せらるるが如き、而も夫れ我国体歴史に合致するものならば、喜んで之を受け入るべきも、遺憾ながら未だ敬服すべき学説を聴かず」と述べていた。また、侍従長に、「主権が君主にあるか国家にあるかといふことを論ずるならばまだ事が判ってゐるけれども、ただ機関説がよいとか悪いとかいふ議論をすることは頗る無茶な話である。




小泉親彦と昭和天皇

近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~

近代天皇制の真髄は

福沢諭吉

神武と戦争




憲法9条を生かそう!!








03/29のツイートまとめ

buooo71

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03-29 10:46

アメブロを更新しました。 『細菌戦部隊(731部隊と100部隊)パネル展を開催しませんか?』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/RYsmhrsp8n
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細菌戦の系譜!! https://t.co/0oGlRqnGCJ @buooo71さんから
03-29 10:24

日中戦時に中国と日本で起こったことを書きたい!! 細菌兵器を実戦に使用した!!
03-29 10:23

細菌戦の系譜!!



731部隊関連行事
(戦争と医の倫理)パネル展とシンポジウム
武見太郎と金原節三の関係
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判
日本反戦平和記憶国際シンポジウム
4月18日(木)ビザ発給拒否国賠裁判(最大の山場)
ABC企画総会・講演、「講演と合唱の夕べ」
ソビエト連邦、中華人民共和国とハバロフスク裁判の忘却1949-1956
情報公開裁判、意見交換会、細菌戦センター総会・講演
731部隊関連年表
人体実験疑い 京大調査継続せず(731部隊)
日本の核開発(加藤哲郎さん)

明仁・日本政府・日本医学会は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!
又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!!
●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、1000隻近くの漁船が被爆した!!

ビキニ「死の灰」世界各地へ
市民と行政が創る「飯田市平和祈念館(資料室)」設立から学ぶ

日本の核開発



日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!!

平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相
●憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】

・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前)
・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない)
統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に
水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!!

2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影

オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!!

●ニュース
人体実験疑い 京大調査継続せず

イージス・アショア 田岡俊次 青木理




虐待の恐れある子、2656人 心愛さん事件受け調査

秀吉から清正へ「朝鮮出兵の命令書」、本物発見

福島第一原発3号機 核燃料取り出し作業 来月中に開始へ

野球部の男子生徒自殺 いじめが原因か 第三者委が報告書

おスプレーもいらない!!
オスプレイ整備長期化 部品調達に時間かかったと報告

石破氏「なかったことにするつもりない」森友・加計問題

辺野古新区域で土砂投入へ 対立さらに深まる情勢


大韓航空労組、厚労省前課長に謝罪と賠償を要求

戦後の「闇」優生保護法 障害者らに繰り返された強制不妊手術

なぜ、日本は脱原発と叫ばないのか??
20181104 小出裕章と樋口健二のコラボ講演会


2005/12/25 【原発問題】推進派vs反対派 小出裕章氏


竹田恒和JOC会長、IOC委員を辞任


天皇神話はいらない!!
両陛下が神武天皇の陵を参拝 奈良・橿原



竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか
海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見

【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任


森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」

「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ

松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示

“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)


真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活


731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後、甲第1855部隊考、他


国立公文書館で公開された留守名簿を巡る問題


中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30




京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)

731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に

●横浜「戦争の加害展」感想
2月11日
・中国や朝鮮半島の人々に対する差別意識は、戦後70年以上たった今でも、全く改善されていない。日本は、卑劣な戦争で、敗戦したことを知らなければならない。 ポツダム宣言第8項にあるような、4つの島以外は日本の領土ではない。樺太⇒サハリン、満州⇒中国東北(男性、20代)



「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
傷害事件のてん末

営倉から林田たちが帰されたのは、10日ぐらい経ってからだった。私は夕食を終えて食堂から出たとき、林田に声をかけられた。
「すまん。全くすまんと思っとるよ」
と林田は私を見るなり言った。
「おう、よかったなぁ。どうなるかと思っていたんだが・・・・」
「俺もあの日、どうしょうかしらんと思って考えたんだが・・・やはりやらないわけにはいかなくなってしもうた。皆と約束したんだから、卑怯者と思われるのがたまらんでなぁ。俺が木銃を倒すのが合図だったのだ・・・」
と、林田はその夜のてん末を語り始めた。
―消燈後、週番の小宮が廻って来たころあいを見計らって、林田が合図するという相談がまとまっていた。時刻が近づくにつれて、宿舎内は水を打ったようにしんとなり、林田は紐を指に絡んで寝ていたのだが、その紐の端は立てかけてある木銃の根元にゆわえてあるので、引けば合図の木銃が倒れる仕組みであった。



・陸軍軍医少佐 平澤正欣の学位授与授与の内容
(731資料センター会報28号より:西山勝夫「731部隊問題、克服への道」より)
1945年6月6日に京都大学医学部教授会で審査後纏められた平澤正欣論文要旨(国立公文書館学位授与記録より翻刻、京都大学公文書館の内容と同一)は以下の通り




京都大学は何を学位授与に値すると認定したか。【先人の見解と異なり「イヌノミ」もまた人類に対する「ペスト」媒介蚤なる新事実を発見せり】、人と獣(イヌ)、両方同じ媒体、「イヌノミ」により「ペスト」に感染すること、「ペスト」の人獣感染を新事実として評価しました。ネズミ、モルモットやサルで実験をやっていて、どうして人に感染したと言えるのでしょうか。
審査員の戸田元医学部長、木村医学部長は731部隊に教え子を送った人達です。彼らは、自らも陸軍軍医学校の嘱託研究員などを務め、戦後に戸田は金沢大学の学長、木村は名古屋市立大学学長になったことで知られています。
これらの論文を2014年から15年に検討し、15年3月の戦医研例会で紹介し、問題を、以下の4点にまとめました。
・実験対象がヒトであるにもかかわらず、「さる」と偽った
・当該対象者を治療することを目的とした実験ではなかった
・当該対象者の発症後も治療せずに死亡に至るまで経過を観察した
・死亡後の学位授与認可
・・・・・
人体実験疑い 京大調査継続せず




日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第5章 陸軍習志野学校

毒ガス鎮圧、危うく発生

化学兵器使用問題について、習志野学校の専門家は使用時の意見を提出したが、意見の内容は
1、発煙筒の使用時、敵方に接近するほどよい、ただし現在のように敵の詳細な位置及び占拠している地形が不明で、敵方の接近を待っているとき、敵方の火力攻撃下で突然さらけ出すのは、かえって不利である。
2、催涙ガスの使用時、敵方が防毒マスクを携帯しているようなときは、大きな効果をあげるのは難しい。しかし敵方に新兵が多く、防毒マスクに熟練していないようなときは、効果が期待できる。
3、あか筒の使用時、毒煙は防毒マスクに対して浸透能力があるばかりでなく、家屋を攻撃する際は、ガスが家屋内に滞留して、さらに効果が加わる。しかも、毒煙に致死的効力がなく、一時的苦痛で、回復でき、このため火力攻撃で発生する双方の殺戮を避けることができる。つまり人道的な兵器ということができる。
したがって、習志野学校の意見はあか筒の使用であり、化学兵器使用の具体的な地点は、
1、隼町南端付近
2、平河町5,6丁目南端付近
3、弁天橋付近
当時叛乱部隊の位置が皇居に接近したので、化学兵器の使用が皇居まで影響するかどうか検討されたが、最終的に、叛乱軍の所在する地帯は地勢が比較的低く、ガスは皇居には届かないということが分かった。


(広島県大久野島毒ガス工場)




●登戸研究所資料館(明治大学平和教育登戸研究所資料館ガイドブックより)
第三展示室
第三展示室では、生物兵器・毒物・スパイ機材など研究開発を行った第二科の活動を紹介しています。第二科は、日本陸軍が水面下で行っていた秘密戦を兵器・資材の開発という点で支えました。とりわけ、諜報・謀略活動に関係して、登戸研究所の中でも731部隊や中野学校・特務機関・憲兵隊などと最も関係が深かった部署といえます。



第二科の役割
第二科では、秘密戦で用いる様々な兵器・資材の研究開発を行っており、その兵器は防諜・諜報・謀略・宣伝に関するものに分類することができます。そして、開発された兵器は陸軍中野学校(スパイ養成学校)出身者や憲兵隊、特務機関(秘密工作組織)によって使用されました。
防諜とは、国内の軍事情報の流出を防ぐため、主に敵国のスパイや自国民に対して行われる取り締まり活動のことで、主に憲兵によって行わ
れました。



『秘密戦関係』
憲兵学校のテキスト。秘密インキの解説や外国の諜報活動の様子などが記されている。







●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①

15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪

西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表


2、戦争医学犯罪に医学界・大学医学部はどうかかわったのか

3、戦後、日本の戦争医学犯罪は裁かれなかったのか
■発足当時の学術会議における戦争医学犯罪の検証

―731部隊に属していた医師・医学者自身の特徴的な証言はあるのでしょうか。

731部隊に属していた医師で、当時のことを自著で表している者は少数です。吉村寿人元731部隊技師(京大医学部卒、戦後京都府立医大学長などを務める)は「私が属していた部隊に戦犯事項があったことが最近、森村誠一氏の『悪魔の飽食』に記載され、それがべストセラーになった為に国内の批判を浴びる様になった。<中略>個人の自由意志でその良心に従つて軍隊内で行動が出来ると考える事自体が間違つている。<中略>個人の良心によって行動の出来る様な軍隊が何処にあるだろうか。<中略>私が戦時中に属していた部隊において戦犯行為があったからとて、直接の指揮官でもない私が何故マスコミによって責められねばならないのか、全くのお門違い」などと弁明しています(『喜寿回顧』吉村先生喜寿記念行事会、1984年)。これは、ニュルンべルク裁判では退けられた、被告の弁明「医師たちは人体実験を行わなければ生命の危険にさらされたかもしれない」 「医師たちは命令に従っただけである」と同類にほかなりません。


昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)



●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判

1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊


731部隊と自衛隊の関係
近喰秀太
中支那防疫給水部 第1科長
当時の自衛隊での近喰秀太氏の紹介
東京都出身、43才、昭和医大卒、日大法文学部心理学科卒、日大大学院において5年余り研鑽。慶大医学部副手(神経科勤務)、地方精神病院、竹橋病院長、近喰病院副院長、台東区医師会理事、下谷区医師会副会長を歴任、27年11月入隊、衛生学校教官、防衛大学校兼務、陸幕衛生課勤務となり現在に至る。また技研兼務、人事院専門試験委員を歴任。
はじめ、法律を学び、後に志を変え、医学並びに心理学を専攻。戦時中は、細菌学、防疫学を専攻した。支那事変に従軍中第6防疫給水部第2部近喰給水隊として第101師団に配属し活躍した実績は第1線防疫給水業務の模範として陸軍軍医団野外作業における教育資料に供せられた。学会発表論文53篇、随筆等匿名を含み80数篇。
28年慶大より医博授与、旧陸軍軍医少佐。


第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)





イタイイタイ病を究明した男 萩野昇

驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く

水俣病問題

小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去

小泉親彦と宮川米次の絆

ヒロシマからフクシマへ

宮川正

「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—

ビキニ「死の灰」世界各地へ

自衛隊とサリン

相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場

日本の国家機密

兒嶋俊郎さんを偲ぶ



●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!


●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部   陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年


第8章 昭和維新と統制



しかしながら、国体明徴を信奉する多くの極右は、実際には憲法解釈をすること自体をやめさせようとしていた。美濃部が国体論争の狂気に抵抗して苦衷にある一方で、反美濃部、反岡田(岡田もまた急進的な改革を不本意ながら進めていたが、あまりにも穏健過ぎると見られていた)の運動が拡大し、宮中側近に対する煽動的な攻撃も台頭してきた。それ以前に、宮中高官の不正行為に対する匿名の指弾があり、これにより一木が宮内大臣を辞し、関屋も宮内次官を辞任した。河井もまたその職を辞し、帝室会計審査局長官についた。宮中側近でもっとも政治手腕があった木戸は、牧野の秘書を務めていたが、1933年8月、皇族にも管理権を持つ宗秩寮総裁〔兼内大臣秘書官長〕になった。いまや、ふたつの国体明徴運動、ひとつは上からの、ひとつは下からの運動が、さらなる揺さぶりをかけてきた。牧野は1935年末に内大臣を辞職し、数ヵ月後、平沼は一木に代わって枢密院議長の地位を継ぎ、その遺志を遂げた。しかしながら、超国家主義者は、宮中側近の大異動と岡田内閣の弱体化では満足しなかった。国政に対する陸軍の影響力がさらに強化され、そして天皇の利用価値が最大限にならない限り状況の安定を拒んだのだった。



小泉親彦と昭和天皇

近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~

近代天皇制の真髄は

福沢諭吉

神武と戦争




憲法9条を生かそう!!








03/28のツイートまとめ

buooo71

https://t.co/qVLls83h4G https://t.co/F7gXsVm7J7
03-28 09:39

細菌戦部隊(731部隊と100部隊)パネル展を開催しませんか?⇒ https://t.co/MKdVb6NqDv #アメブロ @ameba_officialさんから
03-28 09:36

アメブロを更新しました。 『細菌戦部隊(731部隊と100部隊)パネル展を開催しませんか?』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/WMmGbQzmXO
03-28 09:33

アメブロを更新しました。 『細菌戦の系譜!!』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/ajBKjaEM4V
03-28 09:28

細菌兵器を実戦使用した!! https://t.co/HE7lGEbUUv @buooo71さんから
03-28 09:10

日中戦時に中国と日本で起こったことを書きたい!! 細菌兵器を実戦に使用した!!
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日本反戦平和記憶国際シンポジウム
4月18日(木)ビザ発給拒否国賠裁判(最大の山場)
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ソビエト連邦、中華人民共和国とハバロフスク裁判の忘却1949-1956
情報公開裁判、意見交換会、細菌戦センター総会・講演
731部隊関連年表
人体実験疑い 京大調査継続せず(731部隊)
日本の核開発(加藤哲郎さん)

明仁・日本政府・日本医学会は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!
又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!!
●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、1000隻近くの漁船が被爆した!!

ビキニ「死の灰」世界各地へ
市民と行政が創る「飯田市平和祈念館(資料室)」設立から学ぶ

日本の核開発



日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!!

平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相
●憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】

・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前)
・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない)
統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に
水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!!

2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影

オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!!

●ニュース
人体実験疑い 京大調査継続せず

イージス・アショア 田岡俊次 青木理




19年度予算が成立=初の100兆円超-与野党、選挙態勢に

ロシア疑惑捜査報告 米、数週間内に詳細公表

韓国内の新日鉄住金資産、現金化の先送り発表

野球部の男子生徒自殺 いじめが原因か 第三者委が報告書

おスプレーもいらない!!
オスプレイ整備長期化 部品調達に時間かかったと報告

石破氏「なかったことにするつもりない」森友・加計問題

辺野古新区域で土砂投入へ 対立さらに深まる情勢


大韓航空労組、厚労省前課長に謝罪と賠償を要求

戦後の「闇」優生保護法 障害者らに繰り返された強制不妊手術

なぜ、日本は脱原発と叫ばないのか??
20181104 小出裕章と樋口健二のコラボ講演会


2005/12/25 【原発問題】推進派vs反対派 小出裕章氏


竹田恒和JOC会長、IOC委員を辞任


天皇神話はいらない!!
両陛下が神武天皇の陵を参拝 奈良・橿原



竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか
海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見

【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任


森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」

「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ

松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示

“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)


真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活


731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後、甲第1855部隊考、他


国立公文書館で公開された留守名簿を巡る問題


中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30




京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)

731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に

●横浜「戦争の加害展」感想
2月10日
・①神奈川の朝鮮人徴用先の地図が小さすぎる。→出典明記のこと。つりパネルを1つ分撤去し、その分の大きさで(最低)作り直すべき。
②つりパネルの高さが高すぎる。目線の高さで。(少なくとも)-朝鮮人強制労働
③解説パネル・頭出しの位置取りを考えていただきたい。(ex.「慰安婦」)
順路でいえば、「南京」では問いが向かって右側に来るはず。
④「南京」のパネルで、「実松謙」は「実松譲」では?
⑤「重慶」→第1部の説明がわかりにくい。
⑥「シンガポ-ル」の「もう一つの拷問」の出典は?
「神奈川」と銘打つのであれば、山梨県との連帯を考えるべき(甲府聯隊(歩四十九聯隊))…「レイテ戦記」との関連で)アジアの「眼」の視点で展示をすることが必要では?(教科書での戦争記述など)



「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
謀略班の活動状況

大陸においては、井戸水は主要な水源であり、所によっては、井戸を奪われることは死の宣告を受けたと同様なのである。
菌量が多かったり、菌力が非常に強い場合には、流血中に菌が入る以前に、毒血症を起こして倒れることがある。通常は、悪寒戦慄を伴う高熱を発し、ひどい嘔気をもよおし、結膜充血、歩行困難、呂律渋滞など、酔っ払いのようになる。そして次第にリンパ腺が腫れ、全身灼熱のため皮膚がかさかさに乾いてくる。腺周囲組織炎を起こし、皮下出血のため皮膚がどす黒くなることが多い。
患者は一週間ぐらいで死んでしまう。老人や病弱者などは、リンパ腺の腫脹を見ないうちに死ぬこともある。1度ペストが発生した部落は大抵の場合、家屋ごと焼き払われる。また感染度の少ない場合には、慢性の経過をたどり、いったん腫脹したリンパ腺が引っ込んだので治療したと思っていると、20日以上も経てから急激にぶり返してきたりすることもあるという。
このような油断のならない細菌であるから、謀略員の服装は勿論厳重を極め、蚤が附着できないようなあらゆる処置を講じている。それでも、帰隊すると、数日間は隊外に隔離されて、念入りな検疫を受けた後任務を解かれるのだそうである。



・陸軍軍医少佐 平澤正欣の学位授与授与の内容
(731資料センター会報28号より:西山勝夫「731部隊問題、克服への道」より)
1945年6月6日に京都大学医学部教授会で審査後纏められた平澤正欣論文要旨(国立公文書館学位授与記録より翻刻、京都大学公文書館の内容と同一)は以下の通り




京都大学は何を学位授与に値すると認定したか。【先人の見解と異なり「イヌノミ」もまた人類に対する「ペスト」媒介蚤なる新事実を発見せり】、人と獣(イヌ)、両方同じ媒体、「イヌノミ」により「ペスト」に感染すること、「ペスト」の人獣感染を新事実として評価しました。ネズミ、モルモットやサルで実験をやっていて、どうして人に感染したと言えるのでしょうか。
審査員の戸田元医学部長、木村医学部長は731部隊に教え子を送った人達です。彼らは、自らも陸軍軍医学校の嘱託研究員などを務め、戦後に戸田は金沢大学の学長、木村は名古屋市立大学学長になったことで知られています。
これらの論文を2014年から15年に検討し、15年3月の戦医研例会で紹介し、問題を、以下の4点にまとめました。
・実験対象がヒトであるにもかかわらず、「さる」と偽った
・当該対象者を治療することを目的とした実験ではなかった
・当該対象者の発症後も治療せずに死亡に至るまで経過を観察した
・死亡後の学位授与認可
・・・・・
人体実験疑い 京大調査継続せず




日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第5章 陸軍習志野学校

毒ガス鎮圧、危うく発生

化学兵器を携帯した部隊は、秘密裏に東京都内の靖国神社に集結し、続いて赤坂区役所に向かって移動した。そこで、軍人たちはガスを軽装甲車の上に乗せ、まず装甲車を使って相手方が設置したバリケードを突破し、「叛乱」軍の前方に接近して、毒ガスを放つ計画を立てた。攻撃計画を実施するため、軍人たちはまず防毒衣を着用、防毒マスクを着けて、隊伍を整えた。この完全武装した世にも不思議な隊伍が街路上に出現すると、当時の緊張した雰囲気が一気に高まった。



(広島県大久野島毒ガス工場)




●登戸研究所資料館(明治大学平和教育登戸研究所資料館ガイドブックより)
第三展示室
第三展示室では、生物兵器・毒物・スパイ機材など研究開発を行った第二科の活動を紹介しています。第二科は、日本陸軍が水面下で行っていた秘密戦を兵器・資材の開発という点で支えました。とりわけ、諜報・謀略活動に関係して、登戸研究所の中でも731部隊や中野学校・特務機関・憲兵隊などと最も関係が深かった部署といえます。








●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①

15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪

西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表


2、戦争医学犯罪に医学界・大学医学部はどうかかわったのか

3、戦後、日本の戦争医学犯罪は裁かれなかったのか
■発足当時の学術会議における戦争医学犯罪の検証
―世界でも類例のない公選制で選ばれた日本の科学者の議会ともいわれる日本学術会議は1949年の「日本学術会議の発足にあたって科学者としての決意表明(声明)」で「これまでのわが国の科学者がとりきたった態度について強く反省し、今後は、 科学が文化国家ないし平和国家の基礎であるという確信の下に、わが国の平和的復興と人類の福祉増進のために貢献せんことを誓う」と述べています。そこでは、戦争医学犯罪についてはどのような反省がなされたのでしょうか。

1950年4月28日の第6回総会では「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明」が採択されました。その時も「日本の科学者も戦争を感知せざるを得ない情勢に立ち至つている」という中段の提案は、彼らの口火で、「戦争が非常に近いと言うことはいったいどういう根拠があって言っておるのか」などの議論となり、削除されました。その2ヵ月後に朝鮮戦争が起こりました。
また、1952年の第13回総会では、「細菌兵器使用禁止に関するジュネーブ条約の批准を国会に申入れる」提案に対して、「現在日本では戦争を放棄しているのだから、戦時に問題になる条約を批准するのは筋違い」「4,50年も前に解決している問題でありまして、今日ほとんど実用になりません」などと反対し、賛成わずかで否決されています。


昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)



●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判

1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊


731部隊と自衛隊の関係
近喰秀太
中支那防疫給水部 第1科長
【勲四等瑞宝章】???
近喰秀太(元技官)
近喰氏は、昭和27年11月入隊、衛生学校教官、保安大学校創設参画、陸幕衛生課研究班長、第4管区衛生課長等の要職を歴任され、昭和54年2月退官された。
今回は、入隊前における地域医療に貢献したこと、防大における診療、健康管理及び精神衛生管理、また防大創設期における医療体制の確立及び衛生課の整備拡充並びに新設医務室の建設問題の解決等に貢献したこと、及び多くの研究業績が認められ、栄誉に浴された???



第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)





イタイイタイ病を究明した男 萩野昇

驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く

水俣病問題

小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去

小泉親彦と宮川米次の絆

ヒロシマからフクシマへ

宮川正

「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—

ビキニ「死の灰」世界各地へ

自衛隊とサリン

相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場

日本の国家機密

兒嶋俊郎さんを偲ぶ



●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!


●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部   陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年


第8章 昭和維新と統制



天皇は天祖血統の御子孫であって、現人神として国家を統治したまう。本来惟神至聖にましまし、臣民と比倫〔生まれながらの格〕を異にしたまう。(中略)されば、我が憲法第3条たる、諸国の憲法に(中略)同様の規定があるのとは、全くその意義を異にして居る。

上杉の解釈は西洋的な立憲君主を前提とせず、軍の統帥権を侵害するものでもなかったために勝利したのだった。さらに、天皇の絶対的な地位を強調した上杉の見解は、薩長の寡頭支配から政党内閣制への移行を正当化しようとした美濃部の解釈よりも、1889年の憲法の真理により近いものだった。



小泉親彦と昭和天皇

近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~

近代天皇制の真髄は

福沢諭吉

神武と戦争




憲法9条を生かそう!!








03/27のツイートまとめ

buooo71

細菌戦の系譜!! https://t.co/Qu05zeOlGX
03-27 10:10

https://t.co/wA2IYiACj7 https://t.co/0Jv1CuklEY
03-27 10:04

アメブロを更新しました。 『細菌戦部隊(731部隊と100部隊)パネル展を開催しませんか?』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/QUesxf6nmu
03-27 10:02

アメブロを更新しました。 『細菌戦の系譜!!』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/v7CRDrBuUi
03-27 09:57

日中戦時に中国と日本で起こったことを書きたい!! 細菌兵器を実戦に使用した!!
03-27 09:35

細菌戦の系譜!!



731部隊関連行事
(戦争と医の倫理)パネル展とシンポジウム
武見太郎と金原節三の関係
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判
日本反戦平和記憶国際シンポジウム
4月18日(木)ビザ発給拒否国賠裁判(最大の山場)
ABC企画総会・講演、「講演と合唱の夕べ」
ソビエト連邦、中華人民共和国とハバロフスク裁判の忘却1949-1956
情報公開裁判、意見交換会、細菌戦センター総会・講演
731部隊関連年表
人体実験疑い 京大調査継続せず(731部隊)
日本の核開発(加藤哲郎さん)

明仁・日本政府・日本医学会は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!
又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!!
●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、1000隻近くの漁船が被爆した!!

ビキニ「死の灰」世界各地へ
市民と行政が創る「飯田市平和祈念館(資料室)」設立から学ぶ

日本の核開発



日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!!

平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相
●憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】

・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前)
・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない)
統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に
水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!!

2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影

オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!!

●ニュース
人体実験疑い 京大調査継続せず

イージス・アショア 田岡俊次 青木理




第五福竜丸被ばく、2船員のカルテ現存=東大病院で初確認-体温・白血球数を記載

トランプ白判定だが、舞台は泣く子も黙るNY地検へ

竹島「領土」明記に韓国「強力に糾弾、即刻撤回要求」 教科書検定

沖縄県、辺野古代替案検討へ 玉城知事、翁長路線を転換


野球部の男子生徒自殺 いじめが原因か 第三者委が報告書

おスプレーもいらない!!
オスプレイ整備長期化 部品調達に時間かかったと報告

石破氏「なかったことにするつもりない」森友・加計問題

辺野古新区域で土砂投入へ 対立さらに深まる情勢


大韓航空労組、厚労省前課長に謝罪と賠償を要求

戦後の「闇」優生保護法 障害者らに繰り返された強制不妊手術

なぜ、日本は脱原発と叫ばないのか??
20181104 小出裕章と樋口健二のコラボ講演会


2005/12/25 【原発問題】推進派vs反対派 小出裕章氏


竹田恒和JOC会長、IOC委員を辞任


天皇神話はいらない!!
両陛下が神武天皇の陵を参拝 奈良・橿原



竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか
海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見

【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任


森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」

「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ

松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示

“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)


真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活


731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後、甲第1855部隊考、他


国立公文書館で公開された留守名簿を巡る問題


中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30




京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)

731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に

●横浜「戦争の加害展」感想
2月10日
・展示はゆっくり見ることができ、よくわかった。加害の歴史をまたあらためて自分にきざみつけた。「この世界の片隅に」の講演はわかりやすくよく理解できた。映画の予告編では、戦時中も明るく生きる女の人と描いた映画なのかと思ったら、こんな深いお話だったのかと知って感動した。(女性60代八王子)



「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
謀略班の活動状況

写真は、満人部落を敵の主要駐屯部落と仮定して実施された謀略班活動の記録であった。
仮装した謀略員が、夜陰にまぎれて、伝書鳩を入れる携帯バスケットのようなネズミ籠を背負って、敵の前線を離れた遥か後方の部落に潜入する。
彼らは物陰に身をかがめ、籠のふたを手早く開く。すると、ペスト蚤を附着している1匹のねずみが飛び出す。そして、また1匹。ネズミ籠の内部は幾つかに仕切られていて、ふたを開くごとに1匹ずつ放逐できるようになっているのである。ペストねずみは、やせ細っていて目だけがガラス玉のようにとげとげしく光っている。ねずみは物置や家具のうしろ、壁穴などに隠れて、そこらに棲んでいる家ねずみと合流する。すると、そのねずみについている蚤は血に飢えているので、たちまち他のねずみに移り部落内のねずみの間にペストが流行する。そしてそれらの血を吸った多数の蚤、あるいは蠅の媒介で、2、3日後にはペスト患者が出始める。無数の蠅。それが患者の喀痰、鼻汁、唾液、糞便などに混在している菌を運んで食物にとまる。うっかり、その食物を食うと急激なペスト肺炎を起こす。
また、この種の伝播方法として、試験管に詰めた生菌を井戸に投入したり万年筆のキャップに入れて道端に落としておいたり、満人に偽装した謀略員が饅頭に詰めて子供に与えたりするのがあった。 



・陸軍軍医少佐 平澤正欣の学位授与授与の内容
(731資料センター会報28号より:西山勝夫「731部隊問題、克服への道」より)
1945年6月6日に京都大学医学部教授会で審査後纏められた平澤正欣論文要旨(国立公文書館学位授与記録より翻刻、京都大学公文書館の内容と同一)は以下の通り




京都大学は何を学位授与に値すると認定したか。【先人の見解と異なり「イヌノミ」もまた人類に対する「ペスト」媒介蚤なる新事実を発見せり】、人と獣(イヌ)、両方同じ媒体、「イヌノミ」により「ペスト」に感染すること、「ペスト」の人獣感染を新事実として評価しました。ネズミ、モルモットやサルで実験をやっていて、どうして人に感染したと言えるのでしょうか。
審査員の戸田元医学部長、木村医学部長は731部隊に教え子を送った人達です。彼らは、自らも陸軍軍医学校の嘱託研究員などを務め、戦後に戸田は金沢大学の学長、木村は名古屋市立大学学長になったことで知られています。
これらの論文を2014年から15年に検討し、15年3月の戦医研例会で紹介し、問題を、以下の4点にまとめました。
・実験対象がヒトであるにもかかわらず、「さる」と偽った
・当該対象者を治療することを目的とした実験ではなかった
・当該対象者の発症後も治療せずに死亡に至るまで経過を観察した
・死亡後の学位授与認可
・・・・・
人体実験疑い 京大調査継続せず




日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第5章 陸軍習志野学校

毒ガス鎮圧、危うく発生

この演習のあった同じ年、学校の2階建て実験講堂も落成した。ここでも絶えず「実地、実物、自己体験」の活動が行われ、類似の演習もさらに頻繁に行われ、習志野学校の役割も日本軍隊に次第に認識されていった。しかも皮肉だったのは、軍部が習志野学校の利用を最初に考慮したのは、「2.26事件」鎮圧の過程だった。
習志野学校は「叛乱」鎮圧参加の命令を受け、246人の隊伍を組織したが、そのうち将校38名、下士官30名、兵は178名だった。戒厳司令部は学校の幹部西原大佐にとくに命令して、部隊に化学兵器を携帯させ、気象資料を準備させた。
この命令によると、当時携帯した化学兵器の数量は次の通りだった。
小発煙筒(無毒性) 約1000発
あか筒       約200発
みどり筒(催涙)  約500発
翌日の天気状況の予測は、西北の風後西風、風速毎秒3~4メートル、薄曇り、煙とガスの使用に適していた。



(広島県大久野島毒ガス工場)




●登戸研究所資料館(明治大学平和教育登戸研究所資料館ガイドブックより)
第二展示室


表彰状
写真の表彰状は、東京の工場で風船爆弾用の気球紙の貼り合わせ作業を行っていた女学生に対して、作業成績をたたえるものとして贈られたもので、風船爆弾用の気球紙で作られています。
東京第一陸軍造兵廠の製造部長から贈られたもので、日付は「昭和20年3月10日」とあります。
この日は、東京に大きな被害を与えた東京大空襲があった日のため、当日は受け取れず、後日、女学校の卒業式の時に受け取ったと言います。









●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①

15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪

西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表


2、戦争医学犯罪に医学界・大学医学部はどうかかわったのか

3、戦後、日本の戦争医学犯罪は裁かれなかったのか
■発足当時の学術会議における戦争医学犯罪の検証
―世界でも類例のない公選制で選ばれた日本の科学者の議会ともいわれる日本学術会議は1949年の「日本学術会議の発足にあたって科学者としての決意表明(声明)」で「これまでのわが国の科学者がとりきたった態度について強く反省し、今後は、 科学が文化国家ないし平和国家の基礎であるという確信の下に、わが国の平和的復興と人類の福祉増進のために貢献せんことを誓う」と述べています。そこでは、戦争医学犯罪についてはどのような反省がなされたのでしょうか。

学術会議総会議事速記録を閲覧したところ、第1回総会で、国会議事録のような議事録を作成するという提案が否決され、以降の長きにわたって学術会議総会の公式の議事録が作成されていないこと、当初議事概要が作成されていたものの第8回以降途絶えたことが明らかになりました。
第1回総会の「日本学術会議の発足にあたって科学者としての決意表明(声明)」の審議経過では、731部隊関係の会員らが「これまでわが国の科学者がとりきたった態度について強く反省し」のくだりに「戦争中」あるいは「戦時中」を入れる提案に対し、「すでに国家が戦争になってしまったならば戦争に協力し、 科学者が国家のために尽くすということは、一面から言うと当然のことであります」「憲法によってすでに戦争を放棄し、将来戦争というものは、 われわれ国民にとっては全然問題外のことであって、将来戦争ということを考えてこういう声明をする必要はない」などと猛反対し、賛成少数で否決にいたっています。


昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)



●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判

1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊


731部隊と自衛隊の関係
近喰秀太
中支那防疫給水部 第1科長
昭和医科大学 日本大学大学院心理学研究所
博士論文 慶應義塾大学 昭和28年12月26日
ケオピスネズミノミのペスト感染能に関する研究
陸幕衛生課研究班長2佐 1956年3月
保安衛生編集委員(兼陸幕衛生課兼技術研究所)1956年8月
専門試験委員 2等陸佐 1956年8月
医学と心理学の懸け橋に関する回想
ー第2次世界大戦時中国戦線に参加してー
防衛衛生 19(11)1972年11月



第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)





イタイイタイ病を究明した男 萩野昇

驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く

水俣病問題

小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去

小泉親彦と宮川米次の絆

ヒロシマからフクシマへ

宮川正

「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—

ビキニ「死の灰」世界各地へ

自衛隊とサリン

相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場

日本の国家機密

兒嶋俊郎さんを偲ぶ



●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!


●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部   陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年


第8章 昭和維新と統制



しかし、それは政治責任を担う「絶対的な」支配者を天皇に求めるためではなく、当時、陸軍の指導者が唱えていた天皇の親政という考えや独裁制に反対の立場を取るためだった。美濃部はさらに、国事行為について出された勅令は「神聖にして不可侵」ではなく、議会や国民によって批判することができると論じた。道徳問題に関するものと、国務大臣の署名のないものだけが、批判の対象外になるとした。
意のままに事を進めたがっていた陸軍指導層の多くは美濃部に反対し、「神聖」と「不可侵」を対置させて、神権を述べた憲法理論を引き合いに出した。彼らは、自らが求める第3条の解釈を、上杉慎吉の著作に見出していた。



小泉親彦と昭和天皇

近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~

近代天皇制の真髄は

福沢諭吉

神武と戦争




憲法9条を生かそう!!








03/26のツイートまとめ

buooo71

https://t.co/cNt45nSRnj https://t.co/xDeJsDOOlY
03-26 10:12

アメブロを更新しました。 『細菌戦の系譜!!』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/URO0MtXdDY
03-26 10:10

アメブロを更新しました。 『細菌戦部隊(731部隊と100部隊)パネル展を開催しませんか?』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/bwZgbMReey
03-26 10:04

日中戦時に中国と日本で起こったことを書きたい!! 細菌兵器を実戦に使用した!!
03-26 09:52

細菌戦の系譜!!



731部隊関連行事
(戦争と医の倫理)パネル展とシンポジウム
武見太郎と金原節三の関係
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判
日本反戦平和記憶国際シンポジウム
4月18日(木)ビザ発給拒否国賠裁判(最大の山場)
ABC企画総会・講演、「講演と合唱の夕べ」
ソビエト連邦、中華人民共和国とハバロフスク裁判の忘却1949-1956
情報公開裁判、意見交換会、細菌戦センター総会・講演
731部隊関連年表
人体実験疑い 京大調査継続せず(731部隊)
日本の核開発(加藤哲郎さん)

明仁・日本政府・日本医学会は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!
又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!!
●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、1000隻近くの漁船が被爆した!!

ビキニ「死の灰」世界各地へ
日本の核開発

「徴用工問題」とは何か


日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!!

平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相
●憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】

・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前)
・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない)
統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に
水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!!

2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影

オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!!

●ニュース
人体実験疑い 京大調査継続せず

イージス・アショア 田岡俊次 青木理




米大統領、ゴラン高原のイスラエル主権承認 ネタニヤフ首相支援


辺野古 新区域で土砂投入も軟弱地盤が課題 工事長期化も

石破氏「なかったことにするつもりない」森友・加計問題

辺野古新区域で土砂投入へ 対立さらに深まる情勢


大韓航空労組、厚労省前課長に謝罪と賠償を要求

戦後の「闇」優生保護法 障害者らに繰り返された強制不妊手術

なぜ、日本は脱原発と叫ばないのか??
20181104 小出裕章と樋口健二のコラボ講演会


2005/12/25 【原発問題】推進派vs反対派 小出裕章氏


JOC会長の後任選びは山下氏を軸に 国際的な信頼回復が課題


天皇神話はいらないのでは?
天皇皇后両陛下 来月伊勢神宮へ 最後の地方訪問



竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか
海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見

【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任


森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」

「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ

松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示

“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)


真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活


731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後、甲第1855部隊考、他


国立公文書館で公開された留守名簿を巡る問題


中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30




京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)

731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に

●横浜「戦争の加害展」感想
2月10日
・原作も映画も観ていませんが、是非これを機会に観たいと思います。事前に宣伝したところ仲間が関心をもっていただけたので、この展示会をきっかけに加害の歴史への認識が高まればと思います。(男性50代市内)



「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
謀略班の活動状況

毎週土曜日の映画は、私達にとって大きな慰安であった。ほとんどが部隊での各種の実験を移した16ミリフィルムで、いわば学科の延長に等しいのだが、それでも、私達はいつもその日の来るのを待っていた。
だが、この日の映画は、いつもとおもむきを異にし、ペスト部隊の参考資料として、部内だけで内密に行われた。自分たちの手で作ったペスト菌が、いかに作戦に用いられているか、というのである。



・陸軍軍医少佐 平澤正欣の学位授与授与の内容
(731資料センター会報28号より:西山勝夫「731部隊問題、克服への道」より)
1945年6月6日に京都大学医学部教授会で審査後纏められた平澤正欣論文要旨(国立公文書館学位授与記録より翻刻、京都大学公文書館の内容と同一)は以下の通り




京都大学は何を学位授与に値すると認定したか。【先人の見解と異なり「イヌノミ」もまた人類に対する「ペスト」媒介蚤なる新事実を発見せり】、人と獣(イヌ)、両方同じ媒体、「イヌノミ」により「ペスト」に感染すること、「ペスト」の人獣感染を新事実として評価しました。ネズミ、モルモットやサルで実験をやっていて、どうして人に感染したと言えるのでしょうか。
審査員の戸田元医学部長、木村医学部長は731部隊に教え子を送った人達です。彼らは、自らも陸軍軍医学校の嘱託研究員などを務め、戦後に戸田は金沢大学の学長、木村は名古屋市立大学学長になったことで知られています。
これらの論文を2014年から15年に検討し、15年3月の戦医研例会で紹介し、問題を、以下の4点にまとめました。
・実験対象がヒトであるにもかかわらず、「さる」と偽った
・当該対象者を治療することを目的とした実験ではなかった
・当該対象者の発症後も治療せずに死亡に至るまで経過を観察した
・死亡後の学位授与認可
・・・・・
人体実験疑い 京大調査継続せず




日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第5章 陸軍習志野学校

毒ガス鎮圧、危うく発生

日本軍からすれば、当時の実戦レベルの演習の多くの重大な技術的問題を解決した他、特に、当時の多くの日本軍人の化学戦の威力に対する認識不足の問題を解決した。当時、多くの日本軍人は化学薬品を操作する方法を一顧だにせず、それは武勇ある軍人の使用すべきものではないと考えていた。
しかしこの演習を通して彼らは、化学兵器の人体に及ぼす障害が通常兵器に比べはるかに重大であることを発見し、それからは心から喜んで化学戦の訓練を受けるようになり、同時に習志野学校の存在価値も重要視されるようになった。




(広島県大久野島毒ガス工場)




●登戸研究所資料館(明治大学平和教育登戸研究所資料館ガイドブックより)
第二展示室


第一科の研究内容と変遷
風船爆弾開発の中心となった登戸研究所第一科は、もともとは電波兵器開発などの物理分野を担当する部署で、1936年に陸軍科学研究所に設けられた研究班が母体でした。開発していたのは、電波を使用して人体を攻撃する兵器やレーダーなどでした。1943年に風船爆弾の開発が決定されると、第一科の組織はそのための研究に対応したものに変化していきました。







●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①

15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪

西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表


2、戦争医学犯罪に医学界・大学医学部はどうかかわったのか

3、戦後、日本の戦争医学犯罪は裁かれなかったのか
■発足当時の学術会議における戦争医学犯罪の検証
―世界でも類例のない公選制で選ばれた日本の科学者の議会ともいわれる日本学術会議は1949年の「日本学術会議の発足にあたって科学者としての決意表明(声明)」で「これまでのわが国の科学者がとりきたった態度について強く反省し、今後は、 科学が文化国家ないし平和国家の基礎であるという確信の下に、わが国の平和的復興と人類の福祉増進のために貢献せんことを誓う」と述べています。そこでは、戦争医学犯罪についてはどのような反省がなされたのでしょうか。

日本学術会議は日本の科学者の内外に対する代表機関として、新たに7分野に分類された全国の科学者の分野ごとの無記名投票により選出される210 人の会員で構成されることなどが日本学術会議法(1949年7月10日制定)で規定されていました。
昨年着手した創立の頃の日本学術会議に関わる調査では、敗戦後の平和と民主主義を希求する情勢のなかで、日本学術会議でも学術体制の平和的・民主的改革を求める努力がなされたのですが、それに対して731部隊関係者らが異議を強硬に主張していたことが見えてきました。


昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)



●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判

1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊


731部隊と自衛隊の関係
神子謙    東京帝国大学
東京帝國大学傳染病研究所付属醫院研究室
医学博士 東京帝国大学昭和15年10月21日
博士論文
犬12指腸蟲の異種宿主體内ニ於ケル發育ニ関スル研究
南方の防疫研究室所属?
教程?「生物戦の現在及び今後の見通し」(昭和31.1.16)
防衛庁技術研究所 衛生班長 1佐
自衛隊中央病院 1等陸佐(医)研究部長 1956.4
技術研究本部第2部長兼第2研究所心得 1958.6
第2研究所第2部長兼第2研究所長心得 1958.8




第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)





イタイイタイ病を究明した男 萩野昇

驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く

水俣病問題

小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去

小泉親彦と宮川米次の絆

ヒロシマからフクシマへ

宮川正

「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—

ビキニ「死の灰」世界各地へ

自衛隊とサリン

相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場

日本の国家機密

兒嶋俊郎さんを偲ぶ



●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!


●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部   陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年


第8章 昭和維新と統制



美濃部は、軍の政治干渉への警告を止めなかっただけではない。彼は、明治憲法の第3条(「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」)についても、これを、単に天皇は、法によって国事行為上の判断に関して責任を求められることはない、と解釈した。美濃部によれば、もし、天皇が自らの意思に於いて自由に政治行動ができるのなら、「君主の無責任ということは実際に望むべからざる所であって、皇室の尊厳を傷(くずつ)くる結果は避け難い所であります」ということになる。換言するならば、美濃部は、日本ではたとえ個人として天皇だけが責任を持たないとしても、〔結果論としては〕憲法は君主の権限に制約を課している、と考えたのである。


小泉親彦と昭和天皇

近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~

近代天皇制の真髄は

福沢諭吉

神武と戦争




憲法9条を生かそう!!








03/25のツイートまとめ

buooo71

https://t.co/rr1gz7COBs https://t.co/hI0XVsgm7o
03-25 09:46

アメブロを更新しました。 『細菌戦の系譜!!』 #731部隊 #細菌戦被害に苦しむ人々https://t.co/ibYdBxFgC6
03-25 09:43

アメブロを更新しました。 『細菌戦部隊(731部隊と100部隊)パネル展を開催しませんか?』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/iAU5l4TN3J
03-25 09:41

日中戦時に中国と日本で起こったことを書きたい!! 細菌兵器を実戦に使用した!!
03-25 09:20

細菌戦の系譜!!



731部隊関連行事
(戦争と医の倫理)パネル展とシンポジウム
武見太郎と金原節三の関係
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判
日本反戦平和記憶国際シンポジウム
4月18日(木)ビザ発給拒否国賠裁判(最大の山場)
ABC企画総会・講演、「講演と合唱の夕べ」
ソビエト連邦、中華人民共和国とハバロフスク裁判の忘却1949-1956
情報公開裁判、意見交換会、細菌戦センター総会・講演
731部隊関連年表
人体実験疑い 京大調査継続せず(731部隊)
日本の核開発(加藤哲郎さん)

明仁・日本政府・日本医学会は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!
又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!!
●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、1000隻近くの漁船が被爆した!!

ビキニ「死の灰」世界各地へ
日本の核開発

「徴用工問題」とは何か


日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!!

平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相
●憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】

・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前)
・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない)
統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に
水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!!

2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影

オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!!

●ニュース
人体実験疑い 京大調査継続せず

イージス・アショア 田岡俊次 青木理




必要ないのでは!!
離島防衛で滑走路復旧部隊新設を検討、防衛省

米民主、司法長官に批判強める 議会証言を要求

石破氏「なかったことにするつもりない」森友・加計問題

辺野古新区域で土砂投入へ 対立さらに深まる情勢


大韓航空労組、厚労省前課長に謝罪と賠償を要求

戦後の「闇」優生保護法 障害者らに繰り返された強制不妊手術

なぜ、日本は脱原発と叫ばないのか??
20181104 小出裕章と樋口健二のコラボ講演会


2005/12/25 【原発問題】推進派vs反対派 小出裕章氏


JOC会長の後任選びは山下氏を軸に 国際的な信頼回復が課題


天皇神話はいらないのでは?
天皇皇后両陛下 来月伊勢神宮へ 最後の地方訪問



竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか
海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見

【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任


森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」

「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ

松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示

“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)


真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活


731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後、甲第1855部隊考、他


国立公文書館で公開された留守名簿を巡る問題


中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30




京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)

731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に

●横浜「戦争の加害展」感想
2月10日
・植松さん講演会 たいへんわかりやすいお話で良かったです。終了後「楽しかったです」と感謝を話されていた方が多かったです。実は硬く難しいテ-マを柔らかく易しくお話しいただきありがとうございました。(男性50代八王子)



「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
青年の美しい恋

「嘘だったら承知しないぞ。いいな?この写真は俺が届けてやる」
近江属はこの場の敗北をさとる半面、より手痛い復讐をしてやるぞという意味を言外に含めて、靴音荒く部屋を出て行った。
浜中はにわかに、その場にくず折れて泣き出した。
「ちくしょう!ちくしょう・・・・」
浜中の涙は複雑だった。入隊以来いじめ抜かれた、悔しさと淋しさが一度に出たようでもあり、恋人からもらった、かけがえの無い写真を拾ったと偽って人手に渡した自分の不甲斐なさ、彼女に対するすまなさにもだえているようでもあった。



・陸軍軍医少佐 平澤正欣の学位授与授与の内容
(731資料センター会報28号より:西山勝夫「731部隊問題、克服への道」より)
1945年6月6日に京都大学医学部教授会で審査後纏められた平澤正欣論文要旨(国立公文書館学位授与記録より翻刻、京都大学公文書館の内容と同一)は以下の通り




京都大学は何を学位授与に値すると認定したか。【先人の見解と異なり「イヌノミ」もまた人類に対する「ペスト」媒介蚤なる新事実を発見せり】、人と獣(イヌ)、両方同じ媒体、「イヌノミ」により「ペスト」に感染すること、「ペスト」の人獣感染を新事実として評価しました。ネズミ、モルモットやサルで実験をやっていて、どうして人に感染したと言えるのでしょうか。
審査員の戸田元医学部長、木村医学部長は731部隊に教え子を送った人達です。彼らは、自らも陸軍軍医学校の嘱託研究員などを務め、戦後に戸田は金沢大学の学長、木村は名古屋市立大学学長になったことで知られています。
これらの論文を2014年から15年に検討し、15年3月の戦医研例会で紹介し、問題を、以下の4点にまとめました。
・実験対象がヒトであるにもかかわらず、「さる」と偽った
・当該対象者を治療することを目的とした実験ではなかった
・当該対象者の発症後も治療せずに死亡に至るまで経過を観察した
・死亡後の学位授与認可
・・・・・
人体実験疑い 京大調査継続せず




日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第5章 陸軍習志野学校

残酷な軍事演習
ここから見えてくるのは、この演習で発生した事故に、日本の軍隊が非常に興奮した態度で対応したことである。つまり、事故がもたらした「収穫」は損失よりもはるかに大きいということだった。このため、関係のある責任者を誰も処分しなかったばかりか、彼らを習志野学校に留めた。そして今村均は、以後軍隊の中でとんとん拍子に出世をしたが、あの演習に無関係ではなかったというべきだろう。




(広島県大久野島毒ガス工場)




●登戸研究所資料館(明治大学平和教育登戸研究所資料館ガイドブックより)
第二展示室


第一科の研究内容と変遷
風船爆弾開発の中心となった登戸研究所第一科は、もともとは電波兵器開発などの物理分野を担当する部署で、1936年に陸軍科学研究所に設けられた研究班が母体でした。開発していたのは、電波を使用して人体を攻撃する兵器やレーダーなどでした。1943年に風船爆弾の開発が決定されると、第一科の組織はそのための研究に対応したものに変化していきました。

ち号兵器
登戸研究所第一科において研究開発されたレーダー兵器の1つ。超短波域を利用したレーダーだったため、頭文字をとって「ち号」と呼んでいた。(増子安春氏寄贈)






●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①

15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪

西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表


2、戦争医学犯罪に医学界・大学医学部はどうかかわったのか

3、戦後、日本の戦争医学犯罪は裁かれなかったのか
■隠蔽・極秘取引・タブー・無視と検証・克服
―これらのことについて、戦後の医学界・医療界、医学者・医師はどのように向き合ってきたのでしょうか。団体の動きや、個人の発言などもふくめて紹介してください。

日本医師会は、日本医師会年次代議員会(1949年3月30日)で「日本の医師を代表する日本医師会は、この機会に、戦時中に敵国人に対して加えられた残虐行為を公然と非難し、また断言され、そして時として生じたことが周知とされる患者の残虐行為を糾弾するものである」 という声明文を決議して世界医師会(第1回総会、1947年9月18日)への加盟が認められました。しかし、日本医師会は731部隊問題については声明文の決議で解決済みとして、自ら検証をすることを怠り、現在に至っています。

※戦時中の細菌戦のデータを基にして書いた金子順一論文の主査が東大医学部長の田宮猛雄だった。戦後、田宮が日本医師会会長だった当時、副会長は、戦時中仁科の下で、原爆の研究に携わった武見太郎。武見は、1955年に第4代衛生学校長になった金原節三(731部隊の指導的立場にあった)とも通じていた。
戦時中は、国家総動員だったから、日本の医学界は、国家に協力し、731部隊に関与した。戦後の日本医師会は、田宮や武見らが牛耳っていたから、731部隊のことに関しては、米軍と協力して緘口令を敷いた。



昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)



●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判

1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊


衛生学校の人々
園口忠男(第8代衛生学校長 在任期間 1969.8.1~1971.6.30)
S14 熊本医大
S15.6.18~18.4.1
19.12~〇 軍医少佐 731部隊第2部教育部長
寧波作戦の輸送指揮官
戦後、園口は学位授与されている
博士論文 「赤痢菌族の分類に就いて」 授与大学名 熊本医科大学 授与年月日 S21.5.17

その園口は、自衛隊の部内誌に次のように紹介されている。
園口忠男(元陸将)
園口氏は、昭和31年8月31日入隊、衛生学校教育部教官(第4科長)、技術研究本部第2研究所第2部衛生研究室長、衛生学校教育部長、同副校長、同校長等の要職を歴任され、昭和46年7月1日退職された。
今回は、入隊前における地域医療の発展に貢献したこと、在隊間における防衛医学の教育研究に心血を傾注し、衛生科職種の充実発展に貢献したこと、及び自衛隊における集団予防医学を世界に高らしめた功績、及び自衛隊退職後も熊本県民の保健、衛生の向上に貢献したこと等が認められ、栄誉に浴された。



第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)





イタイイタイ病を究明した男 萩野昇

驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く

水俣病問題

小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去

小泉親彦と宮川米次の絆

ヒロシマからフクシマへ

宮川正

「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—

ビキニ「死の灰」世界各地へ

自衛隊とサリン

相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場

日本の国家機密

兒嶋俊郎さんを偲ぶ



●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!


●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部   陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年


第8章 昭和維新と統制



軍国主義者やその政治的便乗者にとって、美濃部の重大な罪のひとつは、統帥権について国務大臣の責任が及ばないという例外は、きわめて重大な意味を持つので、その範囲をできる限り限定すべきであると明言した点にあった。それゆえ、もし日本が、法と勅令がそれぞれ異なる体系から出される「二重政府」を持つべきでないなら、その「適用範囲」は議会によって慎重に制約されなければならない。そうでなければ、極端な場合、軍隊の勢力が「国政を左右し、軍国主義の弊、窮まる所なかるべし」と美濃部は警告した。

小泉親彦と昭和天皇

近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~

近代天皇制の真髄は

福沢諭吉

神武と戦争




憲法9条を生かそう!!








03/24のツイートまとめ

buooo71

ということは、金子順一論文は、田宮猛雄が主査だったのか。戦後、田宮が日本医師会会長だった当時、副会長は、仁科の下で、原爆の開発に携わった武見太郎。武見は、1955年に第4代衛生学校長になった金原節三と通じていた。戦時中は、国家総動員だったから、日本の医学界は、国家に協力し、731部隊に https://t.co/v60CX4ZkBe
03-24 09:26

細菌兵器を実戦使用した!! https://t.co/z2bkcc0IN1
03-24 09:01

https://t.co/wQz10qGjmZ https://t.co/ajAX8AMLN2
03-24 08:52

アメブロを更新しました。 『細菌戦の系譜!!』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/evN7pm2d8Y
03-24 08:48

アメブロを更新しました。 『細菌戦部隊(731部隊と100部隊)パネル展を開催しませんか?』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/Asi2d6mhRg
03-24 08:46

細菌戦の系譜!! https://t.co/jZd3NbA978 @buooo71さんから
03-24 08:25

日中戦時に中国と日本で起こったことを書きたい!! 細菌兵器を実戦に使用した!!
03-24 08:24

細菌戦の系譜!!



731部隊関連行事
(戦争と医の倫理)パネル展とシンポジウム
武見太郎と金原節三の関係
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判
日本反戦平和記憶国際シンポジウム
4月18日(木)ビザ発給拒否国賠裁判(最大の山場)
ABC企画総会・講演、「講演と合唱の夕べ」
ソビエト連邦、中華人民共和国とハバロフスク裁判の忘却1949-1956
情報公開裁判、意見交換会、細菌戦センター総会・講演
731部隊関連年表
人体実験疑い 京大調査継続せず(731部隊)
日本の核開発(加藤哲郎さん)

明仁・日本政府・日本医学会は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!
又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!!
●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、1000隻近くの漁船が被爆した!!

ビキニ「死の灰」世界各地へ
日本の核開発

「徴用工問題」とは何か


日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!!

平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相
●憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】

・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前)
・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない)
統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に
水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!!

2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影

オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!!

●ニュース
人体実験疑い 京大調査継続せず

イージス・アショア 田岡俊次 青木理




人間爆弾・桜花を発案した男の「あまりに過酷なその後の人生」

ロシア疑惑の捜査終了 米司法省、週末にも議会報告

大韓航空労組、厚労省前課長に謝罪と賠償を要求

戦後の「闇」優生保護法 障害者らに繰り返された強制不妊手術

なぜ、日本は脱原発と叫ばないのか??
20181104 小出裕章と樋口健二のコラボ講演会


2005/12/25 【原発問題】推進派vs反対派 小出裕章氏


JOC会長の後任選びは山下氏を軸に 国際的な信頼回復が課題


天皇神話はいらないのでは?
天皇皇后両陛下 来月伊勢神宮へ 最後の地方訪問



竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか
海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見

【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任


森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」

「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ

松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示

“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)


真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活


731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後、甲第1855部隊考、他


国立公文書館で公開された留守名簿を巡る問題


中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30




京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)

731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に

●横浜「戦争の加害展」感想
2月10日
・GHQだかマッカ-サ-だかが云いました日本人の精神年齢は12才だと。それから74年……進歩?して今はチコちゃん並みの5~6才ですね。歴史はそこから学ぶものでありますが、嬉しい事に特に壊憲派の人々は歴史とはつごうの悪いものは隠し改竄するものです。加害を云うと自虐だとされようともよく認識する必要が在ります。P.S.北方領土問題がそうですが、そもそも自業自得の面も在ります。日本軍の小野寺信氏(情報武官)がヤルタ密約を掴み本国に打電したが、握り潰された結果が今に至っていると思います。被害より加害を知る事が大切だと思います。(男性60代市内)



「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
青年の美しい恋

だから、近江属が、その写真を見て、彼女だと気付かぬはずはない。
「はい、今戸さんの写真でありますが、・・・・」
「何!が、とはなんだ?貴様、女からもらったのだろうが」
「いいえ、拾ったのです」
浜中の答えに、私は人ごとながらひやりとした。投げやりとも思える浜中の態度には、明らかに反抗的な雰囲気があったから、それが近江属の癇に障らぬはずはなかった。
「ひろったァ?嘘をつけ!女の写真なんか眺めてにやにやしやァがって。・・・それで貴様満足な勤務ができると思ってるのか!ん?」
近江属の右手が今にも飛びそうに後方にひかれている。やられるな、と私は思った。しかし、それを察した浜中の方が機先を制するように、自分で眼鏡をはずし、
「近江属殿は、自分の言うことが信じられないのでありますか?自分は確かに拾ったのです。嘘だと思われるなら、なんとでも気の済むようにしてください」
「きさまァ!」
と、怒鳴りながらも、近江属はとうとう手を出しかねて、しばらくじっと浜中を見つめたままだった。浜中の顔は、青白い稲妻が走ったようにぴりぴりと緊張に震えている。



・陸軍軍医少佐 平澤正欣の学位授与授与の内容
(731資料センター会報28号より:西山勝夫「731部隊問題、克服への道」より)
1945年6月6日に京都大学医学部教授会で審査後纏められた平澤正欣論文要旨(国立公文書館学位授与記録より翻刻、京都大学公文書館の内容と同一)は以下の通り




京都大学は何を学位授与に値すると認定したか。【先人の見解と異なり「イヌノミ」もまた人類に対する「ペスト」媒介蚤なる新事実を発見せり】、人と獣(イヌ)、両方同じ媒体、「イヌノミ」により「ペスト」に感染すること、「ペスト」の人獣感染を新事実として評価しました。ネズミ、モルモットやサルで実験をやっていて、どうして人に感染したと言えるのでしょうか。
審査員の戸田元医学部長、木村医学部長は731部隊に教え子を送った人達です。彼らは、自らも陸軍軍医学校の嘱託研究員などを務め、戦後に戸田は金沢大学の学長、木村は名古屋市立大学学長になったことで知られています。
これらの論文を2014年から15年に検討し、15年3月の戦医研例会で紹介し、問題を、以下の4点にまとめました。
・実験対象がヒトであるにもかかわらず、「さる」と偽った
・当該対象者を治療することを目的とした実験ではなかった
・当該対象者の発症後も治療せずに死亡に至るまで経過を観察した
・死亡後の学位授与認可
・・・・・
人体実験疑い 京大調査継続せず

第45回定例研究会(公開)のご案内

日時 2019年3月24日(日)11:00~17:30
会場 京都大学医学部構内 医学部先端科学研究棟1階セミナー室(大)
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/access/campus/yoshida/map6r_i.html (地図上の16番の建物)
ホームページ https://japan-war-medicine.jimdofree.com/ 

資料代 1000円

14:00~15:00 第19回会務総会
15:10~17:30 一般演題

1. 優生保護法強制手術に見る宮城県の状況と背景―検証する視点の模索  村口 至(坂総合病院)
2. 日中、太平洋戦争ー軍部衛生部に組み込まれていった医学生、医師たち  莇昭三(城北病院)
3. 「留守名簿」石川県内48件の訪問調査の報告         池田治夫(戦医研北陸支部)
4. 京都大学による旧満洲第731部隊軍医将校の学位授与の検証      西山勝夫(滋賀医科大学)







日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第5章 陸軍習志野学校

残酷な軍事演習
教育総監の真崎甚三郎も称賛の態度を持し、彼の日記に以下のように記した。
「5月18日 金曜日 曇り(事故発生の翌日ー筆者)
午後1時、衛戍病院に今村大佐以下今回の毒ガス患者を見舞い、その苦労をねぎらい志気を鼓舞せり。
・・・・・・・
5月21日 月曜日 雨
・・・・・・・・・・
予は校長に対し、「未経験のことは何人が行うとも若干の失策を生ずるは当然なり、患者に対しては気の毒にて何とも申訳なきも、国軍に貢献せこと頗る大なり、吾人は必ずこれをして最大の価値あらしむる如く研究せざるべからず、此れ即患者に対する最大の申訳なり」




(広島県大久野島毒ガス工場)




●登戸研究所資料館(明治大学平和教育登戸研究所資料館ガイドブックより)
第二展示室


風船爆弾の被害・アメリカの反応
1944(昭和19)年11月に放球時の事故で6名の日本の兵士が死亡したほか、1945年5月にはアメリカのオレゴン州でピクニック中の子どもと大人が不時着した風船爆弾に触れて6名が死亡するという被害がありました。
アメリカ側では、試験放球のうちから風船爆弾の飛来を察知し、海軍研究所を中心として飛来数や場所等を集計して対策に当たりました。西海岸の広範囲に警戒網が張られました。また、アメリカ国内の混乱を避けるため、新聞・ラジオに対して報道管制が敷かれましたが、オレゴン州での被害が出た後、その管制は解除されました。日本では、1945年2月の新聞に中国経由の情報として風船爆弾の戦果を伝える記事が掲載されましたが、事実ではない戦果を伝えるもので、これ以降に風船爆弾の着弾情報が日本へ入ることはありませんでした。

風船爆弾の着弾地点
地図上の赤い点が風船爆弾の着弾が確認されているところ(361か所)。
アメリカ大陸に1000発以上が着弾したと推定されている。






●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①

15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪

西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表


2、戦争医学犯罪に医学界・大学医学部はどうかかわったのか

3、戦後、日本の戦争医学犯罪は裁かれなかったのか
■隠蔽・極秘取引・タブー・無視と検証・克服
―これらのことについて、戦後の医学界・医療界、医学者・医師はどのように向き合ってきたのでしょうか。団体の動きや、個人の発言などもふくめて紹介してください。

戦中だけではなく戦後にも陸軍軍医学校防疫研究報告が医学博士の学位授与のための論文として提出されていたことも明らかにされました。さらに2012年に着手した、京大や東大の学位授与記録の調査では、731部隊と関係が深かった諸教授が戦後も学位審査委員として学位授与に関与したことなどが明らかになりました。前述した2011年に明らかになった細菌兵器による攻撃についての新資料は、元部隊員が学位授与(1949年)に際して提出した論文の一部で、主査は、戦中に東大の伝染病研究所で指導に当たった教授で当時、医学部長、日本医学会会長でした。京大の学位授与記録調査では、1959年9月になっても学位が授与されており、その主査および副査2人中1人は元部隊員で戦後京大医学部教授になった人物でした。

ということは、金子順一論文は、田宮猛雄が主査だったのか。戦後、田宮が日本医師会会長だった当時、副会長は、仁科の下で、原爆の開発に携わった武見太郎。武見は、1955年に第4代衛生学校長になった金原節三と通じていた。
戦時中は、国家総動員だったから、日本の医学界は、国家に協力し、731部隊に関与した。戦後の日本医師会は、田宮や武見が牛耳っていたから、731部隊のことに関しては、緘口令を敷いた。

田宮猛雄・・・1927年 東京帝國大学伝染病研究所教授に就任。
1931年 同大学医学部教授となる。衛生学講座を担当。
1945年 医学部長に就任。
1948年 日本医学会会長に就任、亡くなるまで務める。
1949年 東京大学を停年退官。名誉教授となる。
1950年 日本医師会会長となり、2期務める。
1962年 国立がんセンター総長となる。

武見太郎
1930年(昭和5年)に医学部を卒業、内科学教室に入ったものの、教授との折り合いが悪く退職した。1938年(昭和13年)理化学研究所に入所、仁科芳雄の指導の下、放射線が人体に与える影響を研究した。翌年には、研究活動の傍ら東京・銀座の教文館ビルに武見診療所を開業し、開業医として生計を立てながら政財界の要人とも交わるようになり、吉田茂に指示されて、高血圧症を患っていた米内光政を往診したこともあった。
戦後、中央区医師会から日本医師会の代議員となった。1950年(昭和25年)3月、日本医師会副会長、1957年(昭和32年)4月には同会長に就任し、以後連続13期25年に渡って在職した。
1973年(昭和48年)の防衛医科大学校の設立に貢献、また翌年の東海大学による医学部設置に便宜を図った。



昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)



●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判

1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊


衛生学校の人々
園口忠男(第8代衛生学校長 在任期間 1969.8.1~1971.6.30)

自衛隊員赤痢人体実験(当時陸佐)実施時期 1967.6.1~7.31
1、研究論文 「集団赤痢発生防止の研究」について
研究者   陸上自衛隊衛生学校副校長    陸将補   園口忠男
陸上自衛隊研究部第2研究室長  2等陸佐  時岡正十郎
指導    陸上自衛隊衛生学校長      陸将    中黒秀外之
支援    陸上自衛隊勝田施設学校長    陸将補   吉武
論文記載  「研究年報」(昭和42年度)第1分冊  昭和43年9月、陸上自衛隊衛生学校

1、研究内容概略
(イ)目的  成人集団人体実験による赤痢及び食中毒予防効果の追跡
(ロ)被験者 陸上自衛隊 勝田部隊隊員 約1600名の成人集団
(ハ)期間  昭和42.6.1~昭和42.7.31
(ニ)試験材料 「株式会社ミドリ十字」で開発した乳酸菌製剤「ポリラクトン」
(ホ)試験要領
ポリラクトン:耐性乳酸菌 乳酸菌製剤/止瀉・整腸剤 早川予防衛生研究所 KKミドリ十字 吉富製薬
部隊被験者約1600名をほぼ2分し、1群に真正カプセル(ポリラクトン)を、他群にプラセボを昭和42年6月1日より7月31日に至る2か月間連続投与、(日曜日は除く)
薬剤服用における副作用と赤痢予防効果を見ることを期待したところ、偶然投与コースの途中で赤痢患者若干の発生があり、さらに投薬終了直後、集団食中毒(細菌性)の発生があって、効果判定の好機会を得た。薬剤投与(プラセボ投与を含む)の期間と、事件発生の関係は左表の通り。(略)
勝田市衛生局(保健所)に届出がしていないのはなぜか。(法定伝染病届出義務)



第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)





イタイイタイ病を究明した男 萩野昇

驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く

水俣病問題

小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去

小泉親彦と宮川米次の絆

ヒロシマからフクシマへ

宮川正

「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—

ビキニ「死の灰」世界各地へ

自衛隊とサリン

相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場

日本の国家機密

兒嶋俊郎さんを偲ぶ



●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!


●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部   陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年


第8章 昭和維新と統制



煽動を抑えるため、岡田内閣は35年10月15日には国体明徴に関する第2次声明を出さざるを得なくなった。〔すでに8月3日には、より穏健な内容の第1次声明が発せられていた〕。この声明は陸軍省が用意し、陸海軍次官が協議して改訂した草案に基づいて、作成された。「我国に於ける統治権の主体が天皇にましますことは我国体の本義にして帝国臣民の絶対不動の信念なり。(中略)統治権の主体は天皇にましまさずして国家なりとし天皇は国家の機関なりとなすが如き所謂(いわゆる)天皇機関説は、神聖なる我国体に悖り其本義を愆(あやま)るの甚しきものにして、厳に之を芟除(さんじょ)せざるべからず」。これがその内容だった。実際、岡田内閣は、2度にわたり美濃部の憲法理論を異端の学説として公式に禁止したのである。第2次声明が出されたのち、陸軍上層部はさらなる倒閣の試みに対する支持を撤回した。このころ、文部省は儒教的な社会規範、仏教哲学、国家神道による愛国主義に基づいた新たな倫理体系を展開させ始めていた。主要な右翼団体による共同戦線が結成され、欧米思想に「出ていけ!」と叫び、皇道派の主義主張に基づく改革に 「歓迎!」の意を表明することに挺身したのだった。


小泉親彦と昭和天皇

近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~

近代天皇制の真髄は

福沢諭吉

神武と戦争




憲法9条を生かそう!!








03/23のツイートまとめ

buooo71

細菌兵器を実戦使用した!! https://t.co/6hsUvdU8Vr
03-23 09:59

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アメブロを更新しました。 『細菌戦部隊(731部隊と100部隊)パネル展を開催しませんか?』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/yrWO3WN6vd
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アメブロを更新しました。 『細菌戦の系譜!!』 #731部隊 #細菌戦被害に苦しむ人々https://t.co/aWJlkfSXFg
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03-23 09:35

日中戦時に中国と日本で起こったことを書きたい!! 細菌兵器を実戦に使用した!!
03-23 09:35

細菌戦の系譜!!



731部隊関連行事
(戦争と医の倫理)パネル展とシンポジウム
武見太郎と金原節三の関係
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判
日本反戦平和記憶国際シンポジウム
4月18日(木)ビザ発給拒否国賠裁判(最大の山場)
ABC企画総会・講演、「講演と合唱の夕べ」
ソビエト連邦、中華人民共和国とハバロフスク裁判の忘却1949-1956
情報公開裁判、意見交換会、細菌戦センター総会・講演
731部隊関連年表
人体実験疑い 京大調査継続せず(731部隊)
日本の核開発(加藤哲郎さん)

明仁・日本政府・日本医学会は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!
又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!!
●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、1000隻近くの漁船が被爆した!!

ビキニ「死の灰」世界各地へ
日本の核開発

「徴用工問題」とは何か


日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!!

平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相
●憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】

・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前)
・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない)
統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に
水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!!

2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影

オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!!

●ニュース
人体実験疑い 京大調査継続せず

イージス・アショア 田岡俊次 青木理





沖縄県 辺野古埋め立ての承認撤回の効力回復求め国を提訴へ

“ロシア疑惑” 捜査終結 特別検察官が報告書提出

東京医大不正入試で元受験生の女性33人が提訴

JOC会長の後任選びは山下氏を軸に 国際的な信頼回復が課題


天皇神話はいらないのでは?
天皇皇后両陛下 来月伊勢神宮へ 最後の地方訪問



竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか
海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見

【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任


森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」

「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ

松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示

“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)


真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活


731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後、甲第1855部隊考、他


国立公文書館で公開された留守名簿を巡る問題


中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30




京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)

731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に

●横浜「戦争の加害展」感想
2月10日
・前回、夏の展示会に来ましたが、本日は毒ガス戦について詳しくご説明を北さんからいただき新たな発見がありました。なかなか難しいですが、身近な友人たちに今日本が戦争への道を再び歩き始めてしまっていることを伝えていきたいです。加害への反省なしに再発防止はできません。このような展示会の開催に感謝します。ありがとうございました。(女性40代市内)



「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
青年の美しい恋

その夜は誰もが何となく明るい顔であった。夕食後のひと時、それぞれ故郷宛の便りを書いたり、日記をつけたりしていた。だが、その便りが果たして届いているものかどうか、疑わしい。というのは、入隊して2ヵ月半の間に、私は10本ぐらい手紙を書いたにもかかわらず、故郷からは、まだ母の手紙が1度来ただけであった。同僚たちも一様にせいぜい2本ぐらいの頼りしけ受け取っていない。郷愁をかき立てて士気を阻喪させないように、部隊でもみつぶしてしまうのが多かったらしい。

しかし、手紙を書いているだけで郷里の父母や友人たちを身近に感じることが私達の慰めであったから、皆、せっせと書き綴っていた。日記も仕事の内容に詳しく触れる事は許されない。自分の覚えだけを書きとめて気休めにするぐらいであった。
そんなひと時、いきなりドアが開いて、近江属が入って来た。
「浜中、何を見ているか!」
と、近江属は私達の敬礼には目もくれずに、ずかずかと浜中の方に歩いて行った。
「見せろ、誰の写真だ?」
「はい、何でもありません」
浜中は眼鏡を指先でちょっと押し上げるようにし、おろおろしながら答えた。
「出せといったら出さんか!」
近江属は浜中を押しのけて、机の下に隠された写真をつまみ出し、
「この女は誰か?」
と、意地悪く尋ねた。浜中が、同じ総務に勤めている今戸光代という軍医の娘と懇意である事は、私達もうすうす感づいていた。私達は彼女が美人であるということを、雇員たちの噂話を横から聞いて知っていたのである。



・陸軍軍医少佐 平澤正欣の学位授与授与の内容
(731資料センター会報28号より:西山勝夫「731部隊問題、克服への道」より)
1945年6月6日に京都大学医学部教授会で審査後纏められた平澤正欣論文要旨(国立公文書館学位授与記録より翻刻、京都大学公文書館の内容と同一)は以下の通り




京都大学は何を学位授与に値すると認定したか。【先人の見解と異なり「イヌノミ」もまた人類に対する「ペスト」媒介蚤なる新事実を発見せり】、人と獣(イヌ)、両方同じ媒体、「イヌノミ」により「ペスト」に感染すること、「ペスト」の人獣感染を新事実として評価しました。ネズミ、モルモットやサルで実験をやっていて、どうして人に感染したと言えるのでしょうか。
審査員の戸田元医学部長、木村医学部長は731部隊に教え子を送った人達です。彼らは、自らも陸軍軍医学校の嘱託研究員などを務め、戦後に戸田は金沢大学の学長、木村は名古屋市立大学学長になったことで知られています。
これらの論文を2014年から15年に検討し、15年3月の戦医研例会で紹介し、問題を、以下の4点にまとめました。
・実験対象がヒトであるにもかかわらず、「さる」と偽った
・当該対象者を治療することを目的とした実験ではなかった
・当該対象者の発症後も治療せずに死亡に至るまで経過を観察した
・死亡後の学位授与認可
・・・・・
人体実験疑い 京大調査継続せず

第45回定例研究会(公開)のご案内

日時 2019年3月24日(日)11:00~17:30
会場 京都大学医学部構内 医学部先端科学研究棟1階セミナー室(大)
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/access/campus/yoshida/map6r_i.html (地図上の16番の建物)
ホームページ https://japan-war-medicine.jimdofree.com/ 

資料代 1000円

14:00~15:00 第19回会務総会
15:10~17:30 一般演題

1. 優生保護法強制手術に見る宮城県の状況と背景―検証する視点の模索  村口 至(坂総合病院)
2. 日中、太平洋戦争ー軍部衛生部に組み込まれていった医学生、医師たち  莇昭三(城北病院)
3. 「留守名簿」石川県内48件の訪問調査の報告         池田治夫(戦医研北陸支部)
4. 京都大学による旧満洲第731部隊軍医将校の学位授与の検証      西山勝夫(滋賀医科大学)







日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第5章 陸軍習志野学校

残酷な軍事演習
本来、日本軍の管理規則によれば、このように重大な事故が起こると、責任将校は厳重な処分を受けなければならない。今村均はこの点をよく知っていたので、退院後大退役願いを提出、陸軍省人事局も関係者の処分を主張した。しかし、参謀本部と陸軍省の中でも相当な権力を擁する軍務局はこう考えた。日本は化学戦の分野では列国と比べて3歩も4歩も遅れており、献身的な軍人が必要だ。もし彼らを処分すれば、今後誰が積極的にこの事業に身を投じようか、ましてや今度の演習は上層部の裁可を得ているのだから、と。当時大阪で師団長の任にあった寺内寿一も今村均に手紙を書いて激励の意を示し、処分に反対した。




(広島県大久野島毒ガス工場)




●登戸研究所資料館(明治大学平和教育登戸研究所資料館ガイドブックより)
第二展示室


製造に携わった人々
気球紙の生産には和紙産地の生産家の人々が、その貼り合わせには日本各地の女学生をはじめたとした様々な人々が動員されました。これらの作業は、日本全国の造兵廠や学校の校舎、民間の工場なども含めて行われました。






●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①

15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪

西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表


2、戦争医学犯罪に医学界・大学医学部はどうかかわったのか

3、戦後、日本の戦争医学犯罪は裁かれなかったのか
■隠蔽・極秘取引・タブー・無視と検証・克服
―これらのことについて、戦後の医学界・医療界、医学者・医師はどのように向き合ってきたのでしょうか。団体の動きや、個人の発言などもふくめて紹介してください。

ソ連では、捕虜とした731部隊員たちに対して独自に裁判(ハバロフスク裁判、1949年12月)が行われ、その公判書類の日本語版は1950年には日本でも入手できました。日本の国会でも、1950年3月1日の衆議院外務委員会における聴涛克己(きくなみかつみ)議員のハバロフスク裁判に関わる質問がなされましたが、当時の法務大臣は「さような事実があったといたしましても、 ただいま申し上げました通り、それは連合国で処置されるのでありまして、日本国みずからが自分の戦争犯罪について判断することも処置することもできないのであります」などと答弁し、真摯に向き合いはしませんでした。中国でも、1956年に捕虜の731部隊員に対する特別軍事法延での裁判が行われました。しかし、これにも日本の医学界・医療界、政府は向き合いはしませんでした。


昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)



●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判

1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊


衛生学校の人々
園口忠男(第8代衛生学校長 在任期間 1969.8.1~1971.6.30)
S14 熊本医大
S15.6.18~18.4.1
19.12~〇 軍医少佐 731部隊第2部教育部長
寧波作戦の輸送指揮官
(1940年)「寧波作戦の陸路輸送指揮官をやっていましたね。私も陸路行きの1人だったんだけどね。園口は軍医学校を終わったばかりでね。軍医中尉に任官して来たばっかりでしたよ。15年の6月頃来たんじゃないですかね。来たばかりで輸送指揮官になって杭州に私らを引率して行ったわけですよ。8.9.10.11と向こうにいて12月半ばにハルピンに帰ったですよ。その間、奈良部隊と名乗っていました。」

1969年8月1日~1971年6月30日まで第8代衛生学校長、陸将となる。

自衛隊員赤痢人体実験(当時陸佐)実施時期 1967.6.1~7.31
1、研究論文 「集団赤痢発生防止の研究」について
研究者   陸上自衛隊衛生学校副校長    陸将補   園口忠男
陸上自衛隊研究部第2研究室長  2等陸佐  時岡正十郎
指導    陸上自衛隊衛生学校長      陸将    中黒秀外之
支援    陸上自衛隊勝田施設学校長    陸将補   吉武
論文記載  「研究年報」(昭和42年度)第1分冊  昭和43年9月、陸上自衛隊衛生学校

1、研究内容概略
(イ)目的  成人集団人体実験による赤痢及び食中毒予防効果の追跡
(ロ)被験者 陸上自衛隊 勝田部隊隊員 約1600名の成人集団
(ハ)期間  昭和42.6.1~昭和42.7.31
(ニ)試験材料 「株式会社ミドリ十字」で開発した乳酸菌製剤「ポリラクトン」
(ホ)試験要領
ポリラクトン:耐性乳酸菌 乳酸菌製剤/止瀉・整腸剤 早川予防衛生研究所 KKミドリ十字 吉富製薬



第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)





イタイイタイ病を究明した男 萩野昇

驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く

水俣病問題

小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去

小泉親彦と宮川米次の絆

ヒロシマからフクシマへ

宮川正

「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—

ビキニ「死の灰」世界各地へ

自衛隊とサリン

相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場

日本の国家機密

兒嶋俊郎さんを偲ぶ



●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!


●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部   陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年


第8章 昭和維新と統制



これらの反政府行動の背景には、明治憲法の特定の解釈に対する不信ではなく、美濃部の解釈であれ、あるいはそれと対立するものであれ、天皇と国家を区別するような憲法解釈をすべて非難しようとするイデオロギー的な欲求があった。天皇機関説撲滅同盟の指導者は、国務大臣の輔弼権限を廃止するために、そして、軍の要望が国政に障害なぐ反映できるようなより柔軟な統治過程をつくりだすために運動した。その先頭には、皇道派の真崎、荒木、平沼枢密院副議長、政友会の政治家、そして五百木のような在野の右翼煽動家が立っていた。彼らの基調をなす要求はきわめて急進的な改革であり、それは五百木のスローガンである「昭和維新」のなかに表現されていた。美濃部を非難する運動は岡田内閣にとって脅威となり、間接的には天皇にも脅威となった。1935年8月末、東京で開かれた国体擁護の大会では、陸海軍両大臣が登壇し、急進的な反美濃部運動と連帯する旨を表明した。岡田内閣は危機が手近に迫っており、行動しなければならないことを悟った。


小泉親彦と昭和天皇

近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~

近代天皇制の真髄は

福沢諭吉

神武と戦争




憲法9条を生かそう!!








03/22のツイートまとめ

buooo71

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03-22 10:54

アメブロを更新しました。 『細菌戦部隊(731部隊と100部隊)パネル展を開催しませんか?』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/zDdt1ItLLe
03-22 10:50

アメブロを更新しました。 『細菌戦の系譜!!』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/aUTjAzrwtx
03-22 10:40

細菌戦の系譜!! https://t.co/43cTBW8C62 @buooo71さんから
03-22 10:26

日中戦時に中国と日本で起こったことを書きたい!! 細菌兵器を実戦に使用した!!
03-22 10:25

細菌戦の系譜!!



731部隊関連行事
(戦争と医の倫理)パネル展とシンポジウム
武見太郎と金原節三の関係
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判
日本反戦平和記憶国際シンポジウム
4月18日(木)ビザ発給拒否国賠裁判(最大の山場)
ABC企画総会・講演、「講演と合唱の夕べ」
ソビエト連邦、中華人民共和国とハバロフスク裁判の忘却1949-1956
情報公開裁判、意見交換会、細菌戦センター総会・講演
731部隊関連年表
人体実験疑い 京大調査継続せず(731部隊)
日本の核開発(加藤哲郎さん)

明仁・日本政府・日本医学会は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!
又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!!
●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、1000隻近くの漁船が被爆した!!

ビキニ「死の灰」世界各地へ
日本の核開発

「徴用工問題」とは何か


日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!!

平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相
●憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】

・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前)
・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない)
統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に
水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!!

2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影

オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!!

●ニュース
人体実験疑い 京大調査継続せず



トランプ大統領 “ゴラン高原 イスラエルの主権を認める時”

透析中止や「非導入」 23%ガイドライン従わず 学会理事調査

「韓国人が嫌いだ」韓国の空港で酒に酔い暴言、厚労省課長を更迭

陸上自衛隊が南西諸島に駐屯地新設へ 「心理的な作用のほうが遥かに大きい」=中国メディア

JOC会長の後任選びは山下氏を軸に 国際的な信頼回復が課題


天皇神話はいらないのでは?
天皇皇后両陛下 来月伊勢神宮へ 最後の地方訪問



竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか
海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見

【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任


森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」

「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ

松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示

“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)


真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活


731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後、甲第1855部隊考、他


国立公文書館で公開された留守名簿を巡る問題


中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30




京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)

731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に

●横浜「戦争の加害展」感想
2月10日
・とてもおもしろかったです。(女性50代市外)



「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
青年の美しい恋

「おい、この間の班長暴行事件なぁ、みんな無罪になるそうだよ。部隊長が握りつぶしてしまうらしい。奴ら、うさを晴らしただけ、得したことになるぜ」
浜中は宿舎へ帰ってくるなり、そういった。
「ほんとか?」と私は叫んだ。
林田が帰ってくるという喜びに加えて、もし本当だとすれば、あのとき、説教がましいことを言って林田の気分を害したことが後悔される。
「いい気持ちだ、これで雇員たち、少しは考え直すだろう?」
憎々し気に上官たちをののしる浜中は、これまでに実際、いじめ通されていた。彼は総務部にいる関係で雇員たちより早く情報を耳にし、私達に語っていた。だから私達を監督する立場にある近江属はいつも苦々しさを抱いていて、浜中を虐待した。それと、浜中はひときわ目立つ美男であったから、それだけでも醜男の近江属には、しゃくの種であったのだろう。
浜中の話によると、本来ならば林田たちは新京に送られて上官暴行罪で軍事裁判にかけられるのだが、あの夜、小宮雇員は思わぬ反抗に逆上気味となり、そばにあった38式歩兵銃を振り回し、菊の紋章に傷をつけたため、公式に林田たちを裁くとなれば、小宮の罪も表沙汰になり、ひいては部隊の不名誉となるので内密に処理しようというのが部隊長の意向なのだそうである。



・陸軍軍医少佐 平澤正欣の学位授与授与の内容
(731資料センター会報28号より:西山勝夫「731部隊問題、克服への道」より)
1945年6月6日に京都大学医学部教授会で審査後纏められた平澤正欣論文要旨(国立公文書館学位授与記録より翻刻、京都大学公文書館の内容と同一)は以下の通り




京都大学は何を学位授与に値すると認定したか。【先人の見解と異なり「イヌノミ」もまた人類に対する「ペスト」媒介蚤なる新事実を発見せり】、人と獣(イヌ)、両方同じ媒体、「イヌノミ」により「ペスト」に感染すること、「ペスト」の人獣感染を新事実として評価しました。ネズミ、モルモットやサルで実験をやっていて、どうして人に感染したと言えるのでしょうか。
審査員の戸田元医学部長、木村医学部長は731部隊に教え子を送った人達です。彼らは、自らも陸軍軍医学校の嘱託研究員などを務め、戦後に戸田は金沢大学の学長、木村は名古屋市立大学学長になったことで知られています。
これらの論文を2014年から15年に検討し、15年3月の戦医研例会で紹介し、問題を、以下の4点にまとめました。
・実験対象がヒトであるにもかかわらず、「さる」と偽った
・当該対象者を治療することを目的とした実験ではなかった
・当該対象者の発症後も治療せずに死亡に至るまで経過を観察した
・死亡後の学位授与認可
・・・・・
人体実験疑い 京大調査継続せず

第45回定例研究会(公開)のご案内

日時 2019年3月24日(日)11:00~17:30
会場 京都大学医学部構内 医学部先端科学研究棟1階セミナー室(大)
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/access/campus/yoshida/map6r_i.html (地図上の16番の建物)
ホームページ https://japan-war-medicine.jimdofree.com/ 

資料代 1000円

14:00~15:00 第19回会務総会
15:10~17:30 一般演題

1. 優生保護法強制手術に見る宮城県の状況と背景―検証する視点の模索  村口 至(坂総合病院)
2. 日中、太平洋戦争ー軍部衛生部に組み込まれていった医学生、医師たち  莇昭三(城北病院)
3. 「留守名簿」石川県内48件の訪問調査の報告         池田治夫(戦医研北陸支部)
4. 京都大学による旧満洲第731部隊軍医将校の学位授与の検証      西山勝夫(滋賀医科大学)







日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第5章 陸軍習志野学校

残酷な軍事演習
この事故に関係があるもう1つの重大な発見があった。演習隊が散毒地帯を通過後、しばらく休憩して着ていた服装を消毒するのに、比較的安全な散毒地帯の風上を選んだ。しかし突然風向きが変わり、散毒地帯の空気が休憩地点に流れてきた。練習隊は準備していなかったので有毒な空気を吸い込み、その晩は多くの人たちの瞼が腫れ上がり、目には大量の分泌物が出て視力は急激に減退、病院に送り込まざるを得なかった。この偶然の事故は、化学戦の遂行時には気象を軽視してはならないことを証明した。もともと習志野学校には気象に責任ある人員がいたが、化学戦の要求する気象は普通の軍事気象とは違い、決して簡単おおざっぱであってはならなかった。この教訓によって、1935年から、習志野学校に化学気象を研究する将校古林和一郎を専門に配備した。





(広島県大久野島毒ガス工場)




●登戸研究所資料館(明治大学平和教育登戸研究所資料館ガイドブックより)
第二展示室


風船爆弾の開発に携わった人々
風船爆弾の開発に当たっては、登戸研究所第一科(科長・草場季喜(くさばすえき)を中心として、研究所外の様々な組織の協力を得て行われました。八木秀次などの高名な科学者が顧問として名を連ねた他、太平洋上を吹く偏西風が放球に適しているかどうか判断するための調査は中央気象台技師の荒川秀俊、ウイルス兵器開発には、第二科の久葉昇及び家畜衛生研究所の中村稕治(じゅんじ)と、各分野における専門家が動員されました。
このほかにも大学教授を始め国立研究所や民間会社の技師までも嘱託職員として動員し、組織の壁を超えた一大プロジェクトが形成され、太平洋横断による攻撃が目指されました。





●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①

15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪

西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表


2、戦争医学犯罪に医学界・大学医学部はどうかかわったのか

3、戦後、日本の戦争医学犯罪は裁かれなかったのか
■隠蔽・極秘取引・タブー・無視と検証・克服
―これらのことについて、戦後の医学界・医療界、医学者・医師はどのように向き合ってきたのでしょうか。団体の動きや、個人の発言などもふくめて紹介してください。

1946年に設立された民主主義科学者協会、新日本醫師聯盟(後に新日本医師協会、通称新医協に発展的に解消)などでは、科学者のみならず教育者、知識人の戦争協力について調査し戦犯者として摘発、追放しなければならないという意見がひろく起こっていました。当時の新医協機関紙の調査により、防疫給水部の名で呼ばれ、細菌爆弾やいろいろの細菌謀略のために少なからぬ細菌学者や病理学者が研究に参加し、その間非道な人体実験が行われ、また部分的に実戦に使用されたことは、軍医として徴集された多くの医師が知っていたこともわかりました。


昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)



●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判

1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊


衛生学校の人々
園口忠男(第8代衛生学校長 在任期間 1969.8.1~1971.6.30)
S14 熊本医大
S15.6.18~18.4.1
19.12~〇 軍医少佐 731部隊第2部教育部長
寧波作戦の輸送指揮官
(1940年)「寧波作戦の陸路輸送指揮官をやっていましたね。私も陸路行きの1人だったんだけどね。園口は軍医学校を終わったばかりでね。軍医中尉に任官して来たばっかりでしたよ。15年の6月頃来たんじゃないですかね。来たばかりで輸送指揮官になって杭州に私らを引率して行ったわけですよ。8.9.10.11と向こうにいて12月半ばにハルピンに帰ったですよ。その間、奈良部隊と名乗っていました。」

戦後、園口は学位授与されている
博士論文 「赤痢菌族の分類に就いて」 授与大学名 熊本医科大学 授与年月日 S21.5.17

以下、『細菌戦センター会報第27号』より引用(【 】の部分)
【金原衛生学校長の要請で自衛隊に1956年8月に入隊し衛生学校教育部教官(第4課長)となる。

1967年12月、陸上自衛隊衛生学校にて衛生史編纂協議会が置かれ、1968年3月、金原節三を含む6人に編集顧問を委嘱した。
『大東亜戦争陸軍衛生史』全9巻が、1970年前後に刊行された。その中の7巻目が「軍陣防疫」であり、監修は園口忠男、執筆者は元731部隊の2代目隊長と幹部である。

各タイトルと執筆者は以下の通り
「防疫給水部編成の由来」(北条円了)、「防疫給水部の運用と活用」(村上隆)「今次戦争における第12防疫給水部の活躍」(渡辺廉)、「防疫給水と香港の衛生行政について」(江口豊潔)、「検疫について」(羽山良雄)、「今次戦争における2.3の病原に関する研究」(北野政次)】

1969年8月1日~1971年6月30日まで第8代衛生学校長、陸将補となる。


第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)





イタイイタイ病を究明した男 萩野昇

驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く

水俣病問題

小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去

小泉親彦と宮川米次の絆

ヒロシマからフクシマへ

宮川正

「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—

ビキニ「死の灰」世界各地へ

自衛隊とサリン

相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場

日本の国家機密

兒嶋俊郎さんを偲ぶ



●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!


●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部   陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年


第8章 昭和維新と統制



国体問題に関する全国規模の反政府運動は、1935年の春から夏、秋を通じて続いた。陸海軍の上層部、陸軍の影響力が強い帝国在郷軍人会(その支部は全県下にあった)、そして同盟を組んだ大小の右翼団体が、煽動を主導する一方、「皇道 大本教」のように、明らかに国家に服従しているような宗教諸団体も運動に参加した。8月、検察が美濃部の大逆罪を、美濃部にその意図があったわけではないとの理由で棄却すると、天皇機関説への反対は反政府運動として再燃した。それ以来、日本は神聖にして貴く、権威ある統治者に導かれた「無比の国柄」であるという理念に異論がまったくなく、軍事費に対する国民の批判は許さないという観念が育っていった。


小泉親彦と昭和天皇

近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~

近代天皇制の真髄は

福沢諭吉

神武と戦争




憲法9条を生かそう!!








03/21のツイートまとめ

buooo71

「731部隊・100部隊・毒ガス戦」パネル展4月29日(月)13:00~19:00~5月3日(金)16:004月30日~5月2日 10:00~19:00場所:かながわ県民センター1階展示場入場無料:カンパ大歓迎!!https://t.co/0BBMlaprxs
03-21 09:19

アメブロを更新しました。 『細菌戦部隊(731部隊と100部隊)パネル展を開催しませんか?』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/k46amu97OI
03-21 08:56

アメブロを更新しました。 『細菌戦の系譜!!』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/MCJzQBhzh8
03-21 08:45

細菌戦の系譜!! https://t.co/jWOKYVSYdO @buooo71さんから
03-21 08:31

日中戦時に中国と日本で起こったことを書きたい!! 細菌兵器を実戦に使用した!!
03-21 08:30

細菌戦の系譜!!



パネル展・ミニ講演会「731部隊・100部隊・毒ガス戦」
(戦争と医の倫理)パネル展とシンポジウム
武見太郎と金原節三の関係
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判
日本反戦平和記憶国際シンポジウム
4月18日(木)ビザ発給拒否国賠裁判(最大の山場)
ABC企画総会・講演、「講演と合唱の夕べ」
ソビエト連邦、中華人民共和国とハバロフスク裁判の忘却1949-1956
情報公開裁判、意見交換会、細菌戦センター総会・講演
731部隊関連年表
人体実験疑い 京大調査継続せず(731部隊)
日本の核開発(加藤哲郎さん)

明仁・日本政府・日本医学会は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!
又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!!
●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、1000隻近くの漁船が被爆した!!

ビキニ「死の灰」世界各地へ
日本の核開発

「徴用工問題」とは何か


日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!!

平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相
●憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】

・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前)
・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない)
統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に
水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!!

2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影

オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!!

●ニュース
人体実験疑い 京大調査継続せず



透析中止や「非導入」 23%ガイドライン従わず 学会理事調査

「韓国人が嫌いだ」韓国の空港で酒に酔い暴言、厚労省課長を更迭

陸上自衛隊が南西諸島に駐屯地新設へ 「心理的な作用のほうが遥かに大きい」=中国メディア

JOC会長の後任選びは山下氏を軸に 国際的な信頼回復が課題


天皇神話はいらないのでは?
天皇皇后両陛下 来月伊勢神宮へ 最後の地方訪問



竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか
海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見

【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任


森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」

「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ

松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示

“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)


真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活


731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後、甲第1855部隊考、他


国立公文書館で公開された留守名簿を巡る問題


中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30




京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)

731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に

●横浜「戦争の加害展」感想
2月10日
・植松青児さんのミニ講演とても勉強になりました。(60代市外)


「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
氷の部屋

その結果、敵陣に周囲の気温を急激に低下させる爆弾を投下して、敵を凍結または凍傷にかけるという想定のもとに凍結爆弾の研究が進められた。目標は、1発で500メートル四方を凍らせるのだったそうだが、その頃はまだ100メートル四方より効かず、その程度では経費倒れになるので、さらに強力なものにする研究が続けられているのだと聞く。
しかし、凍傷の予防薬はついに作られなかった。肝臓機能を昂進させることが耐寒力を増すという発見と、軽度のうちに微温湯にひたすことくらいがわずかな成果であった。




・陸軍軍医少佐 平澤正欣の学位授与授与の内容
(731資料センター会報28号より:西山勝夫「731部隊問題、克服への道」より)
1945年6月6日に京都大学医学部教授会で審査後纏められた平澤正欣論文要旨(国立公文書館学位授与記録より翻刻、京都大学公文書館の内容と同一)は以下の通り




京都大学は何を学位授与に値すると認定したか。【先人の見解と異なり「イヌノミ」もまた人類に対する「ペスト」媒介蚤なる新事実を発見せり】、人と獣(イヌ)、両方同じ媒体、「イヌノミ」により「ペスト」に感染すること、「ペスト」の人獣感染を新事実として評価しました。ネズミ、モルモットやサルで実験をやっていて、どうして人に感染したと言えるのでしょうか。
審査員の戸田元医学部長、木村医学部長は731部隊に教え子を送った人達です。彼らは、自らも陸軍軍医学校の嘱託研究員などを務め、戦後に戸田は金沢大学の学長、木村は名古屋市立大学学長になったことで知られています。
これらの論文を2014年から15年に検討し、15年3月の戦医研例会で紹介し、問題を、以下の4点にまとめました。
・実験対象がヒトであるにもかかわらず、「さる」と偽った
・当該対象者を治療することを目的とした実験ではなかった
・当該対象者の発症後も治療せずに死亡に至るまで経過を観察した
・死亡後の学位授与認可
・・・・・
人体実験疑い 京大調査継続せず

第45回定例研究会(公開)のご案内

日時 2019年3月24日(日)11:00~17:30
会場 京都大学医学部構内 医学部先端科学研究棟1階セミナー室(大)
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/access/campus/yoshida/map6r_i.html (地図上の16番の建物)
ホームページ https://japan-war-medicine.jimdofree.com/ 

資料代 1000円

14:00~15:00 第19回会務総会
15:10~17:30 一般演題

1. 優生保護法強制手術に見る宮城県の状況と背景―検証する視点の模索  村口 至(坂総合病院)
2. 日中、太平洋戦争ー軍部衛生部に組み込まれていった医学生、医師たち  莇昭三(城北病院)
3. 「留守名簿」石川県内48件の訪問調査の報告         池田治夫(戦医研北陸支部)
4. 京都大学による旧満洲第731部隊軍医将校の学位授与の検証      西山勝夫(滋賀医科大学)







日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第5章 陸軍習志野学校

残酷な軍事演習
第1段階の演習中に防毒マスクを外してしまって3人は、宿舎に戻ると顔が赤く腫れ上がり、その上だんだんひどくなってきたので、やはり第1陸軍病院へ送られた。和田の目は腫れて開かなくなり、医師は彼が失明するのではないかと心配した。進藤と村田は肺炎に似た症状を起こし命旦夕に迫った。6日後、村田は永眠し、他の両名は数か月の治療で幸いに助かったが、体が毒剤に接触した部分は黒褐色に変色してしまった。しかし、日本の毒ガス兵器研究に従事した人に言わせれば、この人々の受傷を通してかえって意外な「収穫」を得たとする。つまり、糜爛性の毒ガスは液体のときに人体に重大な傷害があるばかりでなく、気体状あるいは霧状のときにも人体に明らかな傷害があるということだ。これより、日本の兵士の生命と引き換えに得た結論は、日本の化学戦の規則のなかに厳粛に書き入れられた。





(広島県大久野島毒ガス工場)




●登戸研究所資料館(明治大学平和教育登戸研究所資料館ガイドブックより)
第二展示室


牛疫ウイルスの搭載
実際に搭載はされなかったものの、風船爆弾に生物兵器を搭載してアメリカを攻撃するという計画があり、兵器として使用可能な状態となっていました。
この生物兵器は、牛疫ウイルスという主に牛に対して強い感染力を持つ病原体を兵器化したもので、これを散布することによってアメリカの家畜を殺傷するという計画でした。
開発は、登戸研究所第二科を中心に行われ、実用化に当たっては、釜山にあった朝鮮総督府家畜衛生研究所のもと、強毒化や生体実験が行われ、兵器化に成功しました。この兵器は、アメリカからの報復を恐れた陸軍中央の最終的な判断によって風船爆弾に搭載されることはありませんでした。
牛疫ウイルス開発拠点





●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①

15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪

西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表


2、戦争医学犯罪に医学界・大学医学部はどうかかわったのか

3、戦後、日本の戦争医学犯罪は裁かれなかったのか
■隠蔽・極秘取引・タブー・無視と検証・克服
―これらのことについて、戦後の医学界・医療界、医学者・医師はどのように向き合ってきたのでしょうか。団体の動きや、個人の発言などもふくめて紹介してください。

おもに731・「石井機関」にかかわる当事者の去就について述べます。
1945年8月15日の日本の敗戦以前に、当時の日本政府と軍部は国際的な非難を恐れ、「国体護持」のため、731部隊の証拠隠減を工作しました。
ドイツの医学者・医師が裁かれた1946年12月9日から1947年8月20日にかけて米国が単独で担当したドイツ・ニュルンべルクにおける医師裁判と異なる経緯をたどりました。日本では、米国の細菌戦研究におけるソ連からの立ち遅れを克服するために、「米国への731部隊のデー夕提供と引き換えに、関係者の訴追を免責する」という極秘の取引が連合軍総司令部(GHQ、実体は米軍) と731部隊トップとの間で交わされたのです。731部隊に関係した医学者・医師は、公に露わにならず、そのほとんどが、何食わぬ顔で医学界・医療界に留まり、悪弊を断ち切ることなく、戦後の医学界・医療界などの重職につき、中には叙動、までされました。

昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)



●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判

1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊


衛生学校の人々
中黒秀外之(第6代衛生学校長 1960.8.1~1968.3.15)
(なかぐろひでとし)
【銀杯2号】
〇中黒秀外之(なかぐろひでとし)
中黒氏は、昭和7年3月北大医学部卒、昭和30年1月入隊、札幌地区病院長兼豊平駐屯地司令及び衛生学校長兼三宿駐屯地司令の要職を歴任され、昭和43年3月退職された。今回は、特に入隊前及び退職後地域医療に貢献したこと、札幌地区病院の初代院長として、開設当初の各種悪条件を克服して総合病院の基礎を確立し、北部方面隊の医療技術の向上と隊員及び家族の診療等に貢献したこと、及び衛生学校長として、幹部・陸曹の育成と防衛医学の調査研究に貢献したこと等が認められ、栄誉に浴された。

第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)





イタイイタイ病を究明した男 萩野昇

驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く

水俣病問題

小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去

小泉親彦と宮川米次の絆

ヒロシマからフクシマへ

宮川正

「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—

ビキニ「死の灰」世界各地へ

自衛隊とサリン

相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場

日本の国家機密

兒嶋俊郎さんを偲ぶ



●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!


●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部   陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年


第8章 昭和維新と統制



1935年4月6日、平沼が主宰する国本社の会員であり、右翼新聞への陸軍の機密費提供者であった真崎甚三郎教育総監は「国体明徴」につき陸軍に示達した。そこで真崎は、日本は現人神である神聖な天皇により支配された聖地であると強調した。当時、民間の右翼団体は陸軍と提携し、天皇機関説撲滅同盟を結成し、そして「国体明徴の達成」することとなった。メンバーでジャーナリストの五百木(いおき)良三や法学の中谷武世教授は、ドイツをイメージして日本を改造しようとしていた全体主義思想の信奉者だった。しかし、同盟の当面の目標は一木喜徳郎を枢密院議長から退かせ、牧野と西園寺の影響力を除去させることにあった。岡田内閣の転覆を望んでいた野党の政友会は、この同盟と手を結び始めた。



小泉親彦と昭和天皇

近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~

近代天皇制の真髄は

福沢諭吉

神武と戦争




憲法9条を生かそう!!








03/20のツイートまとめ

buooo71

4月29日~5月3日までパネル展をやります。ぜひお越しください!!「731部隊・100部隊・毒ガス戦」パネル展4月29日(月)13:00~19:004月30日(火)~5月2日(木)10:00~19:005月3日(金)10:00~16:00場所:かながわ県民センター1階展示場入場無料https://t.co/0BBMlaprxs
03-20 13:30

細菌兵器を実戦使用した!! https://t.co/70I8cuVQt4
03-20 10:53

アメブロを更新しました。 『細菌戦部隊(731部隊と100部隊)パネル展を開催しませんか?』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/tyVe4OcuGZ
03-20 10:47

アメブロを更新しました。 『細菌戦の系譜!!』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/1AJ2cAsPic
03-20 10:39

日中戦時に中国と日本で起こったことを書きたい!! 細菌兵器を実戦に使用した!!
03-20 09:58

細菌戦の系譜!!



パネル展・ミニ講演会「731部隊・100部隊・毒ガス戦」
(戦争と医の倫理)パネル展とシンポジウム
武見太郎と金原節三の関係
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判
日本反戦平和記憶国際シンポジウム
4月18日(木)ビザ発給拒否国賠裁判(最大の山場)
ABC企画総会・講演、「講演と合唱の夕べ」
ソビエト連邦、中華人民共和国とハバロフスク裁判の忘却1949-1956
情報公開裁判、意見交換会、細菌戦センター総会・講演
731部隊関連年表
人体実験疑い 京大調査継続せず(731部隊)
日本の核開発(加藤哲郎さん)

明仁・日本政府・日本医学会は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!
又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!!
●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、1000隻近くの漁船が被爆した!!

ビキニ「死の灰」世界各地へ
日本の核開発

「徴用工問題」とは何か


日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!!

平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相
●憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】

・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前)
・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない)
統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に
水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!!

2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影

オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!!

●ニュース
人体実験疑い 京大調査継続せず



「再開要請」聞き入れず、都が認定 病院を指導へ 透析中止女性死亡

籠池氏が久々の爆弾発言「昭恵付職員が財務省室長と面会」

統計不正が"アベ忖度"ではない決定的証拠

JOC会長の後任選びは山下氏を軸に 国際的な信頼回復が課題

JOC竹田会長 きょう退任表明へ 6月の任期いっぱいで

透析治療 学会ガイドラインの手続き軽視浮き彫りに 公立福生病院

天皇神話はいらないのでは?
天皇皇后両陛下 来月伊勢神宮へ 最後の地方訪問



竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか
海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見

【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任


森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」

「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ

松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示

“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)


真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活


731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後、甲第1855部隊考、他


国立公文書館で公開された留守名簿を巡る問題


中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30




京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)

731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に

●横浜「戦争の加害展」感想
2月10日
・4年目ですが、毎年少しずつ展示の内容が広がり、整理されていくので見ごたえがおとろえません。来年も期待しています。(男性40代市内)


「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
氷の部屋

「凍傷の研究だ。どうかしたのか?」
佐川技手は、あっさり答えて、部隊の凍傷研究について断片的に話してくれた。「731」が疫病の予防から逆に敵攻撃用の細菌爆弾の研究に主力を注ぐようになったと同じく、凍傷の研究も元来、関東軍の兵士を凍傷から守るという研究から、漸次凍結爆弾の研究が始められているのだという。
医家は、凍傷をその程度にしたがって、第1度から第3度までに分けている。
すなわち、第1度は、最初、耳や鼻先、手足などが赤く腫れて、ムズ痒くなるときで、軽症は2、3日で消散する。それでも零下40度にも達する満州などでは、何度も反覆しがちである。紅斑性凍傷ともいう。第2度は皮膚よりやや深い血管組織が壊されて水ぶくれができ、ついに化膿して潰瘍となる。水疱性凍傷ともいう。さらにひどくなると、壊疽の状態となり、だんだん腐ってゆく。そして全く感覚を失い、暗青色を呈する。血液のめぐりは止まり、針を刺しても痛痒を感じなくなり、湿性壊疽となったり、あるいは水分が蒸発するために乾性壊疽となる。筋や骨までもおかされ、手足の指が腐れ落ちることもある。これが腐痂性凍傷ともいう第3度である。
そして、その度合に応じた治療薬を作るために種々の人体実験が行われた。5号室のガラスの部屋もその1つであったのである。「マルタ」を裸にしてその部屋の中に入れ、徐々に温度を下げて、時間の経過による身体の状態を観察し、零下幾度では何時間で凍死するか、また、1度凍結した人間を生き返らす事はできないものか、という風な数々の実験が行われていた。




・陸軍軍医少佐 平澤正欣の学位授与授与の内容
(731資料センター会報28号より:西山勝夫「731部隊問題、克服への道」より)
1945年6月6日に京都大学医学部教授会で審査後纏められた平澤正欣論文要旨(国立公文書館学位授与記録より翻刻、京都大学公文書館の内容と同一)は以下の通り




京都大学は何を学位授与に値すると認定したか。【先人の見解と異なり「イヌノミ」もまた人類に対する「ペスト」媒介蚤なる新事実を発見せり】、人と獣(イヌ)、両方同じ媒体、「イヌノミ」により「ペスト」に感染すること、「ペスト」の人獣感染を新事実として評価しました。ネズミ、モルモットやサルで実験をやっていて、どうして人に感染したと言えるのでしょうか。
審査員の戸田元医学部長、木村医学部長は731部隊に教え子を送った人達です。彼らは、自らも陸軍軍医学校の嘱託研究員などを務め、戦後に戸田は金沢大学の学長、木村は名古屋市立大学学長になったことで知られています。
これらの論文を2014年から15年に検討し、15年3月の戦医研例会で紹介し、問題を、以下の4点にまとめました。
・実験対象がヒトであるにもかかわらず、「さる」と偽った
・当該対象者を治療することを目的とした実験ではなかった
・当該対象者の発症後も治療せずに死亡に至るまで経過を観察した
・死亡後の学位授与認可
・・・・・
人体実験疑い 京大調査継続せず

第45回定例研究会(公開)のご案内

日時 2019年3月24日(日)11:00~17:30
会場 京都大学医学部構内 医学部先端科学研究棟1階セミナー室(大)
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/access/campus/yoshida/map6r_i.html (地図上の16番の建物)
ホームページ https://japan-war-medicine.jimdofree.com/ 

資料代 1000円

14:00~15:00 第19回会務総会
15:10~17:30 一般演題

1. 優生保護法強制手術に見る宮城県の状況と背景―検証する視点の模索  村口 至(坂総合病院)
2. 日中、太平洋戦争ー軍部衛生部に組み込まれていった医学生、医師たち  莇昭三(城北病院)
3. 「留守名簿」石川県内48件の訪問調査の報告         池田治夫(戦医研北陸支部)
4. 京都大学による旧満洲第731部隊軍医将校の学位授与の検証      西山勝夫(滋賀医科大学)







日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第5章 陸軍習志野学校

残酷な軍事演習
この実験を先頭に立って遂行した今村均は、はじめ両足にやけどのようなものを感じ、軍靴を脱ぐと、足に卵大の水泡ができていて、すでに歩けなかった。新妻の呼吸道は焼け付くようで、胸が痛く、倒れてしまった。演習に参加した兵士の内30人近くが、ある者は足に、ある者は頭や目に負傷し、地上に座って「痛い、痛い」と大声で訴えていた。学校のただ1人の軍医が駆けつけて来て負傷者の手当てに当たったが、何ら良い方法がなく、ただ忙しく走り回っていただけだ。。夜8時頃になってようやく陸軍軍医学校の医師が陸軍省の知らせを受けて駆け付けた。また陸軍自動車学校も自動車を派遣して負傷者を第1陸軍病院に運んだ。このときの重症者はすでに33人、うち将校5人、下士官10人、兵18人だった。翌日、教育総監真崎甚三郎は病院に様子を見に来て、化学戦が引き起こした傷害を自ら目の当たりにすることになった。彼が見たのは、1人ひとり白い包帯を巻かれた負傷者の頭で、2つの鼻孔だけが露出していた。しかし、日本の軍隊は、このために化学兵器の研究、製造と訓練を放棄しようとはしなかった。




(広島県大久野島毒ガス工場)




●登戸研究所資料館(明治大学平和教育登戸研究所資料館ガイドブックより)
第二展示室


風船爆弾の開発要請・作業概要
軍事上の目的で気球に何らかを搭載するというアイディア自体は、以前から存在していました。1944年から45年にかけての風船爆弾作戦につながるものとしては、1942年8月に参謀本部作戦課から出された「決戦兵器考案ニ関スル作戦上ノ要望」から様子を伺うことができます。ここには「特殊気球(「フ」号装置)ノ能力増大」として「太平洋横断」を目的とすることが明記されています。日本本土から直接アメリカに向けて放球することが明記されたのは、これが最初でした。これを1つの契機として、1943年以降登戸研究所を中心として軍内外のセクションを巻き込み、本格的に太平洋横断型の風船爆弾の開発が開始されることとなったのです。






●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①

15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪

西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表


2、戦争医学犯罪に医学界・大学医学部はどうかかわったのか

■さらなる戦争加担を邁進
―戦時下、医療界は、どのようにさらなる戦争加担に邁進していったのでしょうか。

医師会はかねてより戦争への協力姿勢を取っていましたが、1942年に改組され、いわゆる「官制医師会」が創られました。医師会の規約では、日本医師会の会長は厚生大臣の指名制となり、日本医師会の総会は道府県医師会会長と特別議員で構成するとされ、国策への協力が医師会の大目標とされました。国民体力管理医、健民修練所指導医、「産業戦士に対する優先受診方実行」と「重要工場事業所の医療保健への協力」、動労報国隊員の健康管理、健民運動耐寒心身鍛錬への協力、町内会の耐寒心身鍛錬への協力などが次々と下部医師会に指示されました。「国民体力ノ向上二関スル国策二即応シ医療ノ普及ヲ図ルコト」を目的とする日本医療団も1942年に創設されました。
看護師は戦時召集令状で応召義務を課せられ従軍看護婦として戦地に派遺されましたがその大部分は日本赤十字社からでした。

昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)



●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判

1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊


衛生学校の人々
中黒秀外之(第6代衛生学校長 1960.8.1~1968.3.15)
(なかぐろひでとし)
明治41(1908)~平成9(1997)年(88歳)、北海道
【陸軍軍医(細菌学)】
昭和7年北海道帝大卒。陸軍軍医【陸軍軍医学校卒、14年3月関東軍防疫給水部(~18年9月)、18年10月南方軍防疫給水部】。戦後、静岡に僻地にて開業、30年1月陸上自衛隊札幌地区病院長(初代)、35年8月陸上自衛隊衛生学校長(陸将補)、43年3月退任。▽中黒・浅見氏粘液提形成促進法(パラチフスの鑑別診断法)の考案者。サルモネラ・ナラシノの発見者

第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)





イタイイタイ病を究明した男 萩野昇

驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く

水俣病問題

小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去

小泉親彦と宮川米次の絆

ヒロシマからフクシマへ

宮川正

「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—

ビキニ「死の灰」世界各地へ

自衛隊とサリン

相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場

日本の国家機密

兒嶋俊郎さんを偲ぶ



●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!


●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部   陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年


第8章 昭和維新と統制



実際、岡田内閣は美濃部の憲法解釈を非難する民間の急進的な運動に対抗して、美濃部の学説を非難し、その著作や論文を禁止する国家的な官製国体明徴運動を起こした。昭和天皇が支持したのはこのような政府による運動だった。軍隊内の急進派を統制し、岡田内閣の倒閣をうかがうような国体の下からの教条化をはかる運動を抑えるために、天皇はその権威を政府のキャンペーンに委ねた。しかし、それは狂信主義を抑制するための手綱をはずしてしまうこととなった。



小泉親彦と昭和天皇

近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~

近代天皇制の真髄は

福沢諭吉

神武と戦争




憲法9条を生かそう!!








03/19のツイートまとめ

buooo71

細菌兵器を実戦使用した!! https://t.co/oHEkd1TBJa
03-19 09:15

https://t.co/xlhzIDxExH https://t.co/wjpRf0vIPJ
03-19 09:12

アメブロを更新しました。 『細菌戦部隊(731部隊と100部隊)パネル展を開催しませんか?』 #731部隊 #細菌戦被害に苦しむ人々https://t.co/sVMSB0ZFBc
03-19 09:09

アメブロを更新しました。 『細菌戦の系譜!!』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/G775mRnol2
03-19 09:02

細菌戦の系譜!! https://t.co/7Eau7LfR1W @buooo71さんから
03-19 08:50

日中戦時に中国と日本で起こったことを書きたい!! 細菌兵器を実戦に使用した!!
03-19 08:49

細菌戦の系譜!!



武見太郎と金原節三の関係
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判
日本反戦平和記憶国際シンポジウム
4月18日(木)ビザ発給拒否国賠裁判(最大の山場)
ABC企画総会・講演、「講演と合唱の夕べ」
ソビエト連邦、中華人民共和国とハバロフスク裁判の忘却1949-1956
情報公開裁判、意見交換会、細菌戦センター総会・講演
731部隊関連年表
人体実験疑い 京大調査継続せず(731部隊)
日本の核開発(加藤哲郎さん)

明仁・日本政府・日本医学会は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!
又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!!
●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、1000隻近くの漁船が被爆した!!

ビキニ「死の灰」世界各地へ
日本の核開発

「徴用工問題」とは何か


日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!!

平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相
●憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】

・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前)
・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない)
統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に
水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!!

2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影

オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!!

●ニュース
人体実験疑い 京大調査継続せず

JOC竹田会長 きょう退任表明へ 6月の任期いっぱいで

透析治療 学会ガイドラインの手続き軽視浮き彫りに 公立福生病院

天皇神話はいらないのでは?
天皇皇后両陛下 来月伊勢神宮へ 最後の地方訪問



竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか
海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見

【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任


森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」

「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ

松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示

“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)


真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活


731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後、甲第1855部隊考、他


国立公文書館で公開された留守名簿を巡る問題


中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30




京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)

731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に

●横浜「戦争の加害展」感想
2月10日
・神奈川県内に「毒ガス」製造局がこんなに多くあったのかとおどろきです。いずれのパネルも大変貴重な物です。展示者に敬意を表します。(男性60代市内)


「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
氷の部屋

暑いので廊下に面して並ぶ研究室はほとんど窓を開け放っている。そのうち、私は一風変わった研究室の内部を見た。室内にさらにもう1つのガラス張りの部屋があり、白い服の技師たちがそれを取り巻いて眺めているのだ。よく見ると、その中には、素裸にされた人間が縛りつけられて震えながら、しきりにもがいている。何かの実験であろうが、ちょっと想像がつかなかった。何の部屋かと思って表札を見たが、ただ“5号”と書かれてあるだけだ。私はほんの1秒ぐらいの間立ち止まった。その時、
「誰か?」
と低いだみ声がして、1人の技師が出てきた。
「何をしているのだ」
「はい。培養菌を運搬してきた帰りであります」
「こっちからは出られないぞ。向うへ回れ」
技師は、なんだ子供か、という風な顔で、あごで私の来た方を示した。
一時はどうなることかと冷汗をかいた私は、そこから引返して急ぎ班に帰り、
「5号室は何をやっている部屋でありますか?」
と、佐川技手に尋ねた。




・陸軍軍医少佐 平澤正欣の学位授与授与の内容
(731資料センター会報28号より:西山勝夫「731部隊問題、克服への道」より)
1945年6月6日に京都大学医学部教授会で審査後纏められた平澤正欣論文要旨(国立公文書館学位授与記録より翻刻、京都大学公文書館の内容と同一)は以下の通り




京都大学は何を学位授与に値すると認定したか。【先人の見解と異なり「イヌノミ」もまた人類に対する「ペスト」媒介蚤なる新事実を発見せり】、人と獣(イヌ)、両方同じ媒体、「イヌノミ」により「ペスト」に感染すること、「ペスト」の人獣感染を新事実として評価しました。ネズミ、モルモットやサルで実験をやっていて、どうして人に感染したと言えるのでしょうか。
審査員の戸田元医学部長、木村医学部長は731部隊に教え子を送った人達です。彼らは、自らも陸軍軍医学校の嘱託研究員などを務め、戦後に戸田は金沢大学の学長、木村は名古屋市立大学学長になったことで知られています。
これらの論文を2014年から15年に検討し、15年3月の戦医研例会で紹介し、問題を、以下の4点にまとめました。
・実験対象がヒトであるにもかかわらず、「さる」と偽った
・当該対象者を治療することを目的とした実験ではなかった
・当該対象者の発症後も治療せずに死亡に至るまで経過を観察した
・死亡後の学位授与認可
・・・・・
人体実験疑い 京大調査継続せず

第45回定例研究会(公開)のご案内

日時 2019年3月24日(日)11:00~17:30
会場 京都大学医学部構内 医学部先端科学研究棟1階セミナー室(大)
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/access/campus/yoshida/map6r_i.html (地図上の16番の建物)
ホームページ https://japan-war-medicine.jimdofree.com/ 

資料代 1000円

14:00~15:00 第19回会務総会
15:10~17:30 一般演題

1. 優生保護法強制手術に見る宮城県の状況と背景―検証する視点の模索  村口 至(坂総合病院)
2. 日中、太平洋戦争ー軍部衛生部に組み込まれていった医学生、医師たち  莇昭三(城北病院)
3. 「留守名簿」石川県内48件の訪問調査の報告         池田治夫(戦医研北陸支部)
4. 京都大学による旧満洲第731部隊軍医将校の学位授与の検証      西山勝夫(滋賀医科大学)







日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第5章 陸軍習志野学校

残酷な軍事演習
散毒地帯を設定した後、第2段階の演習が始まった。時間が緊迫していると予想されたので、散毒地帯を消毒処理するわけにはいかない。習志野学校の練習隊が組織した演習隊員は防毒マスクを着けて散毒地帯を強行通過することになっているので、防毒器具の性能を検査して、散毒地帯を通過する経験を模索した。この演習隊員は全部で150人、3個小隊に均等に分かれていた。第1の小隊は厚いゴム製の90式防毒衣を着て防毒マスクを被り防備は完全だった。第2の小隊は薄いゴム製の防毒衣を着て半防備の状態であり、第3の小隊は防毒マスクと防毒手袋だけの簡単な防備だった。演習を指揮する今村均と教官の新妻雄、明石泰三郎は普通の軍服を着て足を保護するだけで演習に参加していた。散毒半時間後、各小隊ごと5人1組になって同時に散毒地帯を通過、全部で15分間有毒地帯で活動した。午前10時30分になって、演習隊員はようやく毒剤に汚染された軍服を脱いだ。しかし、予想もしなかった傷害が続々と発生したのである。



(広島県大久野島毒ガス工場)




●登戸研究所資料館(明治大学平和教育登戸研究所資料館ガイドブックより)
第二展示室


風船爆弾の飛行経路

気球内を水素ガス60%程度で満たし、風船爆弾を基地から放球します。上昇するにつれて外気の気圧が低下してガスが膨張し、高度4500m程度で100%まで満たされ、更に上昇を続けると、バルブからガスが放出されます。やがてガスの放出は収まり、偏西風に乗って太平洋上を東へ移動し、夜を迎えます。
気温の低下に伴い気球が収縮して高度が低下すると、高度維持装置の働きにより予め搭載されていた砂袋を投下し始め、高度が回復すると投下は止まります。およそ2昼夜半かけてアメリカ上空へたどり着き、爆弾や焼夷弾を投下する仕組みになっていました。







●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①

15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪

西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表


2、戦争医学犯罪に医学界・大学医学部はどうかかわったのか

■さらなる戦争加担を邁進
―戦時下、医療界は、どのようにさらなる戦争加担に邁進していったのでしょうか。

1942年2月、従来の医師法などを改正し制定された「国民医療法」は「国民体力の向上を図るを以て日的」(第1条)とし、「富国強兵」策を遂行するための方策(開業の制限、新卒医師への動務地の指定、医師の徴用制度、無医地区での公営医療機関の設置、医療機関の整備統合など)を掲げました。さらに従来の医師の任務は「医事衛生の改良発展を図る」というものでしたが、この「国民医療法」の第3条で「医師及び歯科医師は国民体力の向上に寄与するを以てその本分とす」と明記し、国の方策遂行に寄与するという新しい任務を規定しました。


昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)



●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判

1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊


衛生学校の人々
第6代衛生学校長 中黒秀外之(なかぐろひでとし)
1931年 3等軍医
1943年 軍医中佐
敗戦時軍医学校付
731大連出張所?
第14方面軍第30野戦防疫給水部:中黒秀外之軍医中佐
教程類を作成
幹部予防衛生教程
生物衛生教程
放射能衛生学教程
特殊武器衛生教程
1962年以降 研究期報(後に年報)
学校史の編纂
衛生学校記事 復刊 1961年4月 期刊
口惜しく思っていることは、有事の際の師団衛生隊等の新装備の開発研究である。機動性を保持し、最新の科学の進歩を取り入れた斬新な装備の開発、試作は最も緊急を要することと思う。本来は技本の衛生部門が担当すべきものかも知れないが、衛生学校をおいては他に作戦自衛隊の診療を支える衛生科部隊の編成、運用、特に装備改善研究のイニシアチブをとるものは見当たらない。今後とも、有事に後れを取らぬ態勢の確立に邁進して戴きたいと切に希望するものである。

第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)





イタイイタイ病を究明した男 萩野昇

驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く

水俣病問題

小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去

小泉親彦と宮川米次の絆

ヒロシマからフクシマへ

宮川正

「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—

ビキニ「死の灰」世界各地へ

自衛隊とサリン

相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場

日本の国家機密

兒嶋俊郎さんを偲ぶ



●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!


●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部   陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年


第8章 昭和維新と統制



2月27日、陸軍予備役少将江藤源九郎〔奈良県選出代議士〕が衆議院で美濃部を非難し、少なくとも美濃部の2冊の著作『憲法撮要』『逐条憲法精義』は、大逆罪に当たるとした。その直後の3月4日、岡田首相は国会で、「機関説を支持しているものではない」と言明し、ヒステリックな風潮に屈服した。
翌月、国会が休会した後、岡田首相と閣僚らは、美濃部に勅選議員を辞めるよう求め、同時に美濃部の著作に対する行政処分の検討を始め、最終的には彼の3著を発売禁止処分に付した。政府の全官僚に、天皇は国家の「機関」である、とは言わないように指示をした。文部省当局は各府県知事ならびに高等教育機関の長へ、国体明徴の訓示を出し、次いで大学の法学教授たちが書いた書籍、論文、講義の調査を開始した。諸官庁はすぐに国体の意義と日本精神についてのセミナーを全国で開催し始めた。講演を実施し、新しい方針を話すことで、彼らは日本における人種思想、自由主義に敵対する学説の専門家、そして日本でナチスの法理論を唱道する人物を糾合した。



小泉親彦と昭和天皇

近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~

近代天皇制の真髄は

福沢諭吉

神武と戦争




憲法9条を生かそう!!








03/18のツイートまとめ

buooo71

細菌兵器を実戦使用した!! https://t.co/xIlYHy1ci6
03-18 12:09

https://t.co/3B39warCcg https://t.co/Spc6g7cQG9
03-18 12:06

アメブロを更新しました。 『細菌戦の系譜!!』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/eMQq3eV6zY
03-18 12:04

アメブロを更新しました。 『細菌戦部隊(731部隊と100部隊)パネル展を開催しませんか?』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/oOzAkPHdUI
03-18 12:02

細菌戦の系譜!! https://t.co/lk8EQd9gXx @buooo71さんから
03-18 11:39

日中戦時に中国と日本で起こったことを書きたい!! 細菌兵器を実戦に使用した!!
03-18 11:38

細菌戦の系譜!!



第21回『衛生学校記事』情報公開裁判
長崎 731部隊・100部隊パネル展
日本反戦平和記憶国際シンポジウム
4月18日(木)ビザ発給拒否国賠裁判(最大の山場)
ABC企画総会・講演、「講演と合唱の夕べ」
ソビエト連邦、中華人民共和国とハバロフスク裁判の忘却1949-1956
情報公開裁判、意見交換会、細菌戦センター総会・講演
731部隊関連年表
人体実験疑い 京大調査継続せず(731部隊)
日本の核開発(加藤哲郎さん)

明仁・日本政府・日本医学会は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!
又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!!
●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、1000隻近くの漁船が被爆した!!

ビキニ「死の灰」世界各地へ
日本の核開発

「徴用工問題」とは何か


日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!!

平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相
●憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】

・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前)
・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない)
統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に
水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!!

2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影

オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!!

●ニュース
人体実験疑い 京大調査継続せず

NZ乱射、死者50人に=豪州男、単独犯か-首相に犯行声明

自存・自衛と言って戦争は始まる!!
防衛省が長距離巡航ミサイルを初開発へ

“天文学は軍事利用せず” 学会が声明も世代間で意見の違い

ゼネコン4社が泥仕合、リニア談合裁判「修羅場の構図」

透析治療 学会ガイドラインの手続き軽視浮き彫りに 公立福生病院

天皇神話はいらないのでは?
天皇皇后両陛下 来月伊勢神宮へ 最後の地方訪問

JOC竹田会長が辞意、続投一転19日にも意向表明


竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか
海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見

【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任


森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」

「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ

松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示

“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)


真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活


731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後、甲第1855部隊考、他


国立公文書館で公開された留守名簿を巡る問題


中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30




京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)

731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に

●横浜「戦争の加害展」感想
2月10日
・非常に怖い(男性30代市内)


「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
氷の部屋

「うん、痛みはないんだけど、まだかゆいんだ、丁度、霜焼けになったみたいだよ」
そう答えながら佐々は、シャツを脱いだ。傷跡は、親指と人差し指で輪を作ったぐらいの大きさである。えぐりとったあとを肉を埋めずに縫い合わせたので、巾着袋の口のようにしわになってしぼんでいた。
「馬の肛門みたいじゃないか」
と、保坂が冷やかしながら笑った。
「何でもいいよ、どうせみえぁしないところだから。不幸中の幸いだったんだね。・・・しかし、可愛そうなのは、阿部だ。今度からお互い気をつけようよ、な」
実際、私達はどこから災難が降ってくるかわからないのである。
ペスト菌は、新しい培地に菌を移植してから大体1日半か2日ぐらいで、はっきりした集落を作るが、培地の成功した試験管は1本ずつ固定するように作られた箱に詰めて保存室に運ばれる。その箱を手押し車で運搬するのが私のその日の仕事だった。が、この何でもない仕事でさえ、もしつまずいて手押し車をひっくり返しでもしたら、それこそ阿部の二の舞なのである。病気の恐ろしさを体験して、初めてその病に対する警戒心が生れるように、私は一層臆病になっていた。
保存室の係りの人に箱を渡して一瞬ほっとした私は、なるべく暇を食って帰ろうという不貞な気持ちから、遠回りするつもりで、からの手押し車を押しながら通ったことのない長い廊下を歩いていた。




・陸軍軍医少佐 平澤正欣の学位授与授与の内容
(731資料センター会報28号より:西山勝夫「731部隊問題、克服への道」より)
1945年6月6日に京都大学医学部教授会で審査後纏められた平澤正欣論文要旨(国立公文書館学位授与記録より翻刻、京都大学公文書館の内容と同一)は以下の通り




京都大学は何を学位授与に値すると認定したか。【先人の見解と異なり「イヌノミ」もまた人類に対する「ペスト」媒介蚤なる新事実を発見せり】、人と獣(イヌ)、両方同じ媒体、「イヌノミ」により「ペスト」に感染すること、「ペスト」の人獣感染を新事実として評価しました。ネズミ、モルモットやサルで実験をやっていて、どうして人に感染したと言えるのでしょうか。
審査員の戸田元医学部長、木村医学部長は731部隊に教え子を送った人達です。彼らは、自らも陸軍軍医学校の嘱託研究員などを務め、戦後に戸田は金沢大学の学長、木村は名古屋市立大学学長になったことで知られています。
これらの論文を2014年から15年に検討し、15年3月の戦医研例会で紹介し、問題を、以下の4点にまとめました。
・実験対象がヒトであるにもかかわらず、「さる」と偽った
・当該対象者を治療することを目的とした実験ではなかった
・当該対象者の発症後も治療せずに死亡に至るまで経過を観察した
・死亡後の学位授与認可
・・・・・
人体実験疑い 京大調査継続せず

第45回定例研究会(公開)のご案内

日時 2019年3月24日(日)11:00~17:30
会場 京都大学医学部構内 医学部先端科学研究棟1階セミナー室(大)
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/access/campus/yoshida/map6r_i.html (地図上の16番の建物)
ホームページ https://japan-war-medicine.jimdofree.com/ 

資料代 1000円

14:00~15:00 第19回会務総会
15:10~17:30 一般演題

1. 優生保護法強制手術に見る宮城県の状況と背景―検証する視点の模索  村口 至(坂総合病院)
2. 日中、太平洋戦争ー軍部衛生部に組み込まれていった医学生、医師たち  莇昭三(城北病院)
3. 「留守名簿」石川県内48件の訪問調査の報告         池田治夫(戦医研北陸支部)
4. 京都大学による旧満洲第731部隊軍医将校の学位授与の検証      西山勝夫(滋賀医科大学)







日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第5章 陸軍習志野学校

残酷な軍事演習
案内役の兵士の村田栄吉も道路がはっきり見えないので、同じようにマスクを外して直接車両を案内した。前に出て来た和田盛哉はこのとき軽装甲車を操縦していたが暑いのでマスクを外した。当時、規則の上ではマスタードなど毒剤の液体だけが人体に障害を起こすと記載されていたので、兵士たちは液体の毒剤に接触さえしなければ危険はないと思い込み、あえて大胆にもマスクを外したのだ。しかし、毒剤が撒かれていた地帯は、マスタード毒剤が陽光にあたって蒸発し、空気中いたるところ毒剤が充満していた。そして散毒車が撒いていたときにできた噴霧状の気体も風に吹き散らされて、空気中に散布された。兵士たちはこの空気を吸い込んで障害を起こしたが、ただその時は気が付かなかったのである。第1段階の演習はこのようにして終わった。



(広島県大久野島毒ガス工場)




●登戸研究所資料館(明治大学平和教育登戸研究所資料館ガイドブックより)
第二展示室

風船爆弾の放球まで
放球のための実験は、1943年千葉県一宮において行われ、風船爆弾によって実際にアメリカを攻撃するめどが付けられました。
放球基地は、千葉県一宮・茨城県大津・福島県勿来の3か所に設置され、放球部隊(気球連隊)が配置されました。放球は1944年11月3日の明治節を期して開始される予定でしたが、爆弾の落下事故のため、実際には7日から実施されました。

飛行実験地と放球地図








●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①

15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪

西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表


2、戦争医学犯罪に医学界・大学医学部はどうかかわったのか

■医学界全体が戦争に加担した
―個々の大学というより、医学界の戦争加担ということで見なければならないということでしょうか

医学教育の軍事化・医学生の戦時動員もあげられます。1939年から、軍事教練が全大学の学部学生の必修科目となり、医学部でも、現役の配属将校による軍事教練が課され、軍事講習の授業も実施され、軍隊内の衛生・防疫および戦傷について学ぶ軍陣医学(現在の軍事医学にあたる)の講義も行われました。同年より、「学生衛生部隊」が全国の大学医学部の学生により組織され、夏季休暇時等に各地に「衛生調査」等の名目で派遺されました。


昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)



●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判

1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊


武見太郎の金原の関係
武見太郎が1931(昭和6)年に近衛第3連隊に配属された。その時の上官が金原節三(当時軍医大尉)だった。武見は、幹部候補生で、約10か月過ごしたようだ。その時金原言われた言葉は、「お前たちは、将来軍医になるのではないから、軍医の規則ばかり勉強する必要はない。自分の専門とする勉強をどんどんやって、その余暇に軍医の関係の本を読めばよい。そういうことは、各中隊でやっているとうるさいから、他の部屋に来て勉強しろ」というものだった。
金原は、その後陸軍省に行ったが、武見も、軍の戦時研究に携わっていたので、陸軍省で二人は何回もあっている。
武見は、1938年(昭和13年)理化学研究所に入所、仁科芳雄の指導の下、放射線が人体に与える影響を研究した。武見の恩師、仁科芳雄とも金原は会っている。
敗戦後、金原が防衛庁(自衛隊)にいたとき、日本医師会の武見を訪ねて、防衛衛生学会を開くので、挨拶をしてくれと、武見に頼み、武見も喜んで引き受けている。
金原との人間的な関係から、当時世論の強い反発もあったが、武見が防衛医科大学校の、設立委員長になった。
その中で、武見は「金原先生が戦前に考えておられた防衛衛生に関することは、防衛大学校で受け継がれて大きく発展するであろうと願っている」と言っている。
金原は、戦前、細菌戦に携わっていたのだから、そのことが防衛医大に受け継がれていくということであろうか??意味深な発言である。

仁科芳雄

第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)





イタイイタイ病を究明した男 萩野昇

驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く

水俣病問題

小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去

小泉親彦と宮川米次の絆

ヒロシマからフクシマへ

宮川正

「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—

ビキニ「死の灰」世界各地へ

自衛隊とサリン

相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場

日本の国家機密

兒嶋俊郎さんを偲ぶ



●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!


●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部   陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年


第8章 昭和維新と統制



関東軍と支那駐屯軍による華北分離工作の諜略は、中国側の抵抗姿勢をさらに強固にした。日本の「アジア・モンロー主義」はたちまち英米と対立する原因となった。こうしたなかで、国内では国体をめぐる議論が再燃し、それは徐々に統治エリートヘの民衆の不信を高める結果となった。10年近くの間、宮中グループは「国体明徴」の試みに着手していた。それは天皇制を否定する思想に対抗し、国家の本質に関する諸説や知識人の議論の混乱に合理的見解を与えようとするものだった。遅々として進まない政治改革に苛立つ陸軍指導層は、いまや、国体観念と天皇が神の子であるという神話により民族意識を高揚させる運動を始めた。      
この運動は1935年2月18日、貴族院で始まり、美濃部達吉の天皇機関説が「学匪の反逆思想」であると非難された。演説したのは菊池武夫男爵で、彼は退役した将軍であり、在郷軍人会とともに日本政治の主流のひとつとなった急進的な右翼結社、国本社の会員だった。菊池は岡田内閣に美濃部教授の著作の発禁処分を要求した。1週間後、美濃部は弁明のために登壇したが、院外では皇道派の将校と結託した右翼団体が、美濃部を攻撃するデモを行っていた。



小泉親彦と昭和天皇

近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~

近代天皇制の真髄は

福沢諭吉

神武と戦争




憲法9条を生かそう!!








03/17のツイートまとめ

buooo71

細菌兵器を実戦使用した!! https://t.co/XSOXKDq9HF
03-17 04:03

https://t.co/3KhBRrixP0 https://t.co/PllljCZbBk
03-17 04:01

アメブロを更新しました。 『細菌戦の系譜!!』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/0RLYylf79o
03-17 03:58

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03-17 03:43

日中戦時に中国と日本で起こったことを書きたい!! 細菌兵器を実戦に使用した!!
03-17 03:43

03/16のツイートまとめ

buooo71

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03-16 09:38

アメブロを更新しました。 『細菌戦部隊(731部隊と100部隊)パネル展を開催しませんか?』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/UgQK0yHeap
03-16 09:35

アメブロを更新しました。 『細菌戦の系譜!!』 #731部隊 #細菌戦https://t.co/ilXox9jrL3
03-16 09:30

細菌戦の系譜!! https://t.co/zMrqHQ2PAO @buooo71さんから
03-16 09:19

日中戦時に中国と日本で起こったことを書きたい!! 細菌兵器を実戦に使用した!!
03-16 09:19

細菌戦の系譜!!



第21回『衛生学校記事』情報公開裁判
長崎 731部隊・100部隊パネル展
日本反戦平和記憶国際シンポジウム
4月18日(木)ビザ発給拒否国賠裁判(最大の山場)
ABC企画総会・講演、「講演と合唱の夕べ」
ソビエト連邦、中華人民共和国とハバロフスク裁判の忘却1949-1956
情報公開裁判、意見交換会、細菌戦センター総会・講演
731部隊関連年表
人体実験疑い 京大調査継続せず(731部隊)
日本の核開発(加藤哲郎さん)

明仁・日本政府・日本医学会は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!
又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!!
●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、1000隻近くの漁船が被爆した!!

ビキニ「死の灰」世界各地へ
日本の核開発

「徴用工問題」とは何か


日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!!

平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相
●憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】

・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前)
・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない)
統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に
水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!!

2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影

オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!!

●ニュース

人体実験疑い 京大調査継続せず

またもや起こった銃乱射事件、白人至上主義者が起こしたものだという。
トランプの進めるアメリカファーストが大きな問題だ。移民に対する蔑視。それが今回の事件にも影響している。
貿易問題でも、アメリカは、いろいろと各国に制裁を科し、圧力を強めている。アメリカの傲慢な態度に世界はもっと怒るべきではないのか?ベネズエラの今の混乱にもアメリカの影響を強く感じる。辺野古の基地移転にもアメリカの強い圧力があるのだろう。
日本は、裕仁、731部隊員、毒ガス・登戸関係者がすべて免責されたので、戦後アメリカに何も言えなくなってしまった。国民には知らされぬ大きな取引があったのだろう。

NZ銃撃、白人至上主義に傾倒か 「主犯」の男、銃5丁所持

沖縄・辺野古中止を求める県民大会。そばに広がる「異様」な光景

「トランプ氏は地球守れ」 全米各地で若者が訴え

(社説)優生手術救済 被害者は納得できない


天皇神話はいらないのでは?
天皇皇后両陛下 来月伊勢神宮へ 最後の地方訪問



竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか
海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見

【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任


森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」

「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ

松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示

“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)


真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活


731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後、甲第1855部隊考、他


国立公文書館で公開された留守名簿を巡る問題


中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30




京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)

731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に

●横浜「戦争の加害展」感想
2月10日
・毒ガス兵器や細菌兵器やあらゆる物をつかい戦争においてどのようになるという想像力をなくする。
京城帝大内に対する犯罪は昭和20年に田保橋茂に対する犯罪とか、吉野作造の弟子奥平武彦が腸チフスで死んだ。(男性70代市内)


「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
氷の部屋

佐々は10日ばかりで退院した。
「よかったなぁ」
と私と保坂が手をとるようにして彼を迎えた。佐々は、
「やっぱり病院よりは研究室の方がいいや」
と言って青い顔をきょろきょろさせながら部屋中をなつかしげに見回した。
陰気で危険な仕事をしているよりは、病院のベッドの方がいいのではないかと思うこともあったが、やはり1人で“死”とじかに対しているよりは、まだ仲間のいる研究室の方がましなのであろう。
「傷はどうなった?ちょっと見せてみないか」
私が言うと、保坂もそばから、
「もう何でもないのか」
と、続けた。




・陸軍軍医少佐 平澤正欣の学位授与授与の内容
(731資料センター会報28号より:西山勝夫「731部隊問題、克服への道」より)
1945年6月6日に京都大学医学部教授会で審査後纏められた平澤正欣論文要旨(国立公文書館学位授与記録より翻刻、京都大学公文書館の内容と同一)は以下の通り




京都大学は何を学位授与に値すると認定したか。【先人の見解と異なり「イヌノミ」もまた人類に対する「ペスト」媒介蚤なる新事実を発見せり】、人と獣(イヌ)、両方同じ媒体、「イヌノミ」により「ペスト」に感染すること、「ペスト」の人獣感染を新事実として評価しました。ネズミ、モルモットやサルで実験をやっていて、どうして人に感染したと言えるのでしょうか。
審査員の戸田元医学部長、木村医学部長は731部隊に教え子を送った人達です。彼らは、自らも陸軍軍医学校の嘱託研究員などを務め、戦後に戸田は金沢大学の学長、木村は名古屋市立大学学長になったことで知られています。
これらの論文を2014年から15年に検討し、15年3月の戦医研例会で紹介し、問題を、以下の4点にまとめました。
・実験対象がヒトであるにもかかわらず、「さる」と偽った
・当該対象者を治療することを目的とした実験ではなかった
・当該対象者の発症後も治療せずに死亡に至るまで経過を観察した
・死亡後の学位授与認可
・・・・・
人体実験疑い 京大調査継続せず

第45回定例研究会(公開)のご案内

日時 2019年3月24日(日)11:00~17:30
会場 京都大学医学部構内 医学部先端科学研究棟1階セミナー室(大)
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/access/campus/yoshida/map6r_i.html (地図上の16番の建物)
ホームページ https://japan-war-medicine.jimdofree.com/ 

資料代 1000円

14:00~15:00 第19回会務総会
15:10~17:30 一般演題

1. 優生保護法強制手術に見る宮城県の状況と背景―検証する視点の模索  村口 至(坂総合病院)
2. 日中、太平洋戦争ー軍部衛生部に組み込まれていった医学生、医師たち  莇昭三(城北病院)
3. 「留守名簿」石川県内48件の訪問調査の報告         池田治夫(戦医研北陸支部)
4. 京都大学による旧満洲第731部隊軍医将校の学位授与の検証      西山勝夫(滋賀医科大学)







日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第5章 陸軍習志野学校

残酷な軍事演習
5月17日未明、第1段階の散毒作業が始まる。軽装甲車で試作過程中の散毒車を牽引し、幅100~200mの筋状地帯に、1平方メートルあたり50gの糜爛性マスタードガスとルイサイトガスが散布された。この種の牽引式散毒車は製作されたばかりで、性能がまだ不安定だった。特に装甲車との連結部分は故障が発生しやすく、いつでも停車して修理しなければならなかった。兵士たちはたくさんのお偉方が来るというので、もともと非常に緊張していたが、車両の故障発生を恐れ
全身汗だくだった。しかし思いもよらなかったのは、汗水が防毒衣から排出せず、防毒マスクの目のガラスに凝結して視線に影響し、外部の状況が見えず、さらに故障を排除できなかったことだ。
どうしようもない状況のもとで散毒責任者の新藤進曹長は、一か八かの勝負に出るしかなく、防毒マスクを取り外して直接故障を排除しようとして、散毒したばかりの環境に身をさらすことになった。



(広島県大久野島毒ガス工場)




●登戸研究所資料館(明治大学平和教育登戸研究所資料館ガイドブックより)
第二展示室

風船爆弾は、アジア太平洋戦争末期にアメリカ本土を直接を攻撃する大陸間横断兵器として開発され、1944(昭和19)年から1945年にかけて放球されました。これは和紙をこんにゃく糊で貼り合わせて作成した気球に水素ガスを注入し、太平洋を偏西風に乗せておよそ9000キロもの距離を飛行させ、気球に吊った爆弾をアメリカへ運ぶというもので、放球された数は9300発とされています。
開発にあたっては、登戸研究所第一課が中心となり、陸軍内をはじめとして官民を超えた様々なセクションの協力を仰いで行われました。
そして、女学生たちが気球紙の貼り合わせを担当するなど、製造工程には広範囲において様々な人々が動員されました。
アメリカに向けての放球のため、千葉県一宮、茨城県大津、福島県勿来(なこそ)の3か所が放球基地が設置されました。

風船爆弾放球台跡 茨城県北茨城市大津町







●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①

15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪

西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表


2、戦争医学犯罪に医学界・大学医学部はどうかかわったのか

■医学界全体が戦争に加担した
―個々の大学というより、医学界の戦争加担ということで見なければならないということでしょうか

1938年の日本の全医師数は6万3000人弱でしたが、軍医の損耗度が高いとして、1942年度までの軍医需要を3万人とし、さらに1943年度以降の大需要を5万人との見積もりで、1939年度から大学医学部・医科大学における3年の修業年限の臨時付属医学専門部の強行設立が始まりました。敗戦時までに新設医専は帝大、官立、公立、私立あわせて51校に達しました。そのうち「外地」は7校でした。

昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)



●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?
第21回『衛生学校記事』情報公開裁判

1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊


金原節三と武見太郎
金原と戦後日本医師会会長になり、医師会、薬剤師会、歯科医師会に大きな影響を及ぼした武見太郎は、軍隊内の先輩・後輩関係にあった。『金原節三資料目録』(陸上自衛隊衛生学校)の巻頭言は、日本医師会長武見太郎が書いている。

多磨霊園にある仁科芳雄(日本の原爆開発「二号研究」を推進した)の墓には「吉田茂謹書」とあり、同じ敷地内にある分骨された朝永振一郎の墓には、「武見太郎謹書」とある。

武見太郎が、細菌戦を指導していた金原節三を慕い、日本の原爆開発を担っていた仁科の弟子であった。そして戦後、3師会(医師会、薬剤師会、歯科医師会)で武見天皇と呼ばれ、絶大な影響力のあった武見太郎は、防衛医科大学の設立委員長になる。

それでは、武見太郎とはどのような人物か?ウキペディアを見てみよう。
1930年(昭和5年)に医学部を卒業、内科学教室に入ったものの、教授との折り合いが悪く退職した。1938年(昭和13年)理化学研究所に入所、仁科芳雄の指導の下、放射線が人体に与える影響を研究した。翌年には、研究活動の傍ら東京・銀座の教文館ビルに武見診療所を開業し、開業医として生計を立てながら政財界の要人とも交わるようになり、吉田茂に指示されて、高血圧症を患っていた米内光政を往診したこともあった。


仁科芳雄

第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)





イタイイタイ病を究明した男 萩野昇

驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く

水俣病問題

小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去

小泉親彦と宮川米次の絆

ヒロシマからフクシマへ

宮川正

「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—

ビキニ「死の灰」世界各地へ

自衛隊とサリン

相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場

日本の国家機密

兒嶋俊郎さんを偲ぶ



●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!


●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部   陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年


第8章 昭和維新と統制


とりわけ満州を華北から隔てていた非武装地帯で反日的な住民による小事件があり、現地司令官は蒋介石の軍隊が北京―天津地区から撤退するように要求していた。蒋介石は屈し、1935年6月、中国側は日本陸軍の要求を認め、梅津=何応欽協定に署名した。5ヵ月後、関東軍の後見のもと、早稲田大学出身で日本人の妻を持つ殷(いん)汝耕(じょこう)により、冀東防共自治委員会が非武装地帯に設立された。この外交的な「成果」に続いて、陸軍諜報機関は、間もなく第2の親日愧儡政権として冀察(きさつ)政務委員会を河北に設置した。
現地司令官による専横な外交行動を受け、昭和天皇は74歳の牧野に対中国政策の全面的な見直しを行う御前会議の開催を提案した。6月15日付の牧野の日記によると、天皇は「北支問題に付ては(西園寺に)下問するも、東京を離れて居り、当局にも遠ざかり居る事なれば能き考へもあらざるべし、御前会議は事情如何に依り有効なるべし」と述べている。しかし、政治エリートの間の根深い対立のため、またいうまでもなく、西園寺と牧野が反対し、例のとおり判断を誤ったこともあって、そうした会議は一度も開かれなかった。


小泉親彦と昭和天皇

近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~

近代天皇制の真髄は

福沢諭吉

神武と戦争




憲法9条を生かそう!!








プロフィール

ノブ

Author:ノブ
15年戦争時、中国・日本で起こったことを書きたい。

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